tennis

□お手をどうぞ、王子様
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「なまえちゃん、デートって楽Cーの?」
「…………あ?」


テニス部でもマネージャーでもないんだけど跡部からOKが出たから勝手に部室の革張りのソファーを占領して樺地が用意してくれたケーキを食べながら爆睡している芥川を眺めていたら突然起きて放った言葉に理解が追いつかなくて変な声が出た

何言ってんだコイツ、え?芥川彼女いたっけ?


「何突然」
「今夢でさ、なまえちゃんとデートしてたんだけどさ」
「出演料寄越せ」
「なまえちゃん全然楽しそうじゃなくてさ」
「聞いてんのか」
「女の子って恐竜とか好きじゃないのかな」


どんな夢見てたんだよ、そして私どこに連れてかれてるんだよ

まだ眠たそうに目を擦りながら芥川はそんな事を言ってきた

恐竜好きな子もいるとは思うけど生憎私は恐竜には興味無いし勝手に夢に出演させないで欲しいんだけども


「だからね、今度俺とデートしよ!」
「なんでそういう流れになるんだよ」
「どこ行きたい?」
「耳大丈夫か?」


私の話を聞いてるのか聞いてないフリしてるのか、勝手に話を進めているけどいつ私がデートするって言ったよ

けど、なんか、芥川ワクワクしてるし、別に断る理由も無いし、行っても良い、かな


「じゃあ食虫植物展で良い?」
「遊園地行こうか」


***

遊園地のゲートの前で待ち合わせ時間を過ぎても来ない芥川を待っている私を何組かのカップルがジロジロ見てくるけど見世物じゃないから、芥川早く来て、いや来なくてもいいけど


「なまえちゃーん!ごめんー!」
「……おはよう」
「えへへ、楽しみで昨日寝れなかったから寝坊しちゃった」
「寝癖すげぇな」


いつでも寝癖みたいな髪型だけど今日はまた一段と見事な寝癖をくっつけたまま現れた芥川は息を切らしていて、きっと本当に焦って走ってきたんだろうな、頭に葉っぱ付いてるけどどこ潜ってきたんだろ


「寝癖くらい直してきなよ」
「だって、早くなまえちゃんに会いたかったし!」
「声がでけぇよ」
「えへへ」


ワサワサと柔らかい髪の毛を撫でて寝癖を直してやると嬉しそうに目を細めた、なんか犬みたいだな

そしてここが遊園地のゲートの前だというのをすっかり忘れていたからまたしてもカップルの視線で我に返った


「とりあえず入ろうか」
「今日は一日よろしくお願いします!」
「……うん」


だから声がでけぇよ

ニコニコと私の手を掴んで歩き出した芥川の手は思ってたよりも大きくて、コイツも男の子なんだなと思い知らされて、ゴツゴツしてるし、ちゃんとテニスしてるんだなって、折角のお休みなのに私なんかとデートで一日潰して良いのかな

ぼんやりと大きな手を見つめながら引っ張られていると突然立ち止まった背中に激突した、え、めっちゃ痛いしすげぇ筋肉質


「いって、え、芥川何」
「なまえちゃん絶叫マシン大丈夫?」
「あんまり得意じゃないけど」
「分かった!じゃああれ乗ろ!」
「得意じゃないって言ったよね!?」


芥川が指差したのは紛れもなくジェットコースターで本当に人の話聞かねぇな得意じゃないって言ってるだろ

拒否の姿勢を示すも運動部の男の子の力には勝てず半ば引きずられるように乗り口まで連行され地獄を見た


「ね!もう一回!」
「勘弁して……」
「なまえちゃん大丈夫?」
「大丈夫に見えるのかな?」


次乗ったら確実に吐く

ちょっとだけ物足りなさそうな顔をしながら私の背中をさすってくれている芥川には申し訳ないけどそんな顔されたって私にも人権があるので公衆の面前でリバースする訳にはいかないので本当に勘弁してください


「じゃあ、メリーゴーランド!」
「へ?芥川そんな子供っぽいの乗るの?」
「Eー、俺結構好きだけどなメリーゴーランド」
「OK行こうか」


芥川がメリーゴーランドなんて乗ったらただの王子様じゃん、それはちょっと見たいけど、高校生にもなってメリーゴーランドって

最後に乗ったのなんていつだったかも忘れてしまったな


「ねぇねぇ、あれ見て!二人乗りの馬!」
「へー、そんなのあるんだ」
「あれ乗ろ!」
「……あれ乗るの!?」


係員のお姉さんに急かされて、さっきからずっと握られている芥川の手を振り解けず高校生にもなって別に恋人同士でもないのに、二人乗りの白馬に乗る羽目になると誰が思っただろうか


「なんか思ってたより遅い〜」
「メリーゴーランドって実際何が楽しいのかよく分からないな」
「なまえちゃん、ちゃんと掴まってて!」
「へ?」


特に揺れるでもなく振り落とされるような事も無く、ただ平和にぐるぐると回っているだけのメリーゴーランドなのに芥川は私の腕を掴んで自分の腰に回した

は、は?え?なんで?

急に引っ張られバランスを崩すまいと思わず抱き着いたのは良いものの、制汗剤の香りと、少しだけ男の子特有の香りがして、本当に少し、ほんのちょっとだけドキッと、してなんか、いない、はず


「なまえちゃん楽Cー?」
「た、楽しく、なくはない、かも」
「え?何それ、変なの」


言ってる本人が一番楽しそうな顔してるぞ

前に向き直ってゴーゴーとかなんとか言ってる芥川の腰にはまだ私の腕が巻かれていて、ここで離すのもなんだか違う気がして結局終わりまでずっとそのままの体制で居たもんだからちょっと腰が痛い

その後は二度目のジェットコースターに連行され、お化け屋敷で私よりビビってる芥川に突き飛ばされ、コーヒーカップを爆速で回されグロッキー状態になり、アイスクリームを奢ってもらってベンチに座って仲良く食べた

なんだよ、なんでこんなカップルみたいな事してんだよ、そもそもなんで私芥川と遊園地デートする羽目になったんだったかな


「あー楽しかった〜!」
「そりゃよろしゅうございました」


陽も傾き始め、ゲートに向かう私たちの影は来た時よりも長くなっている

正直芥川からデートしようなんて言われた時はなんで恋人でもないのに、なんて、思ってたのに、自分の余りの単純さに呆れる所か感動さえ覚えてしまう


「なまえちゃんも」
「ん?」
「なまえちゃんも、楽しかった?デート」
「………うん、楽しかった」


ゲートを出て少し歩いた後立ち止まった芥川は、大きな目で私を見つめながらそんな事を言ってきた

楽しくない訳ないじゃん、今頃気付いたよ、なんで昨日の夜ちょっとドキドキしてたのか


「そういえば観覧車乗らなかった!」
「あぁ、そうだね、忘れてた」
「次来たら今度は乗ろうね、観覧車」
「次、次も、私と来てくれるの?」


ポカン、という効果音が付きそうな顔で私を見つめる彼の瞳は夕陽に照らされてキラキラ光っていて、なんだか宝石みたいで、目が離せない


「俺、なまえちゃん以外となんかデートしたくない」
「芥川、なに」
「次来たら、なまえちゃんと恋人同士になって観覧車乗りたい、だから」
「あっ、ま、待って!」


どうしよう、昨日の夜なんかと比べ物にならないくらいに心臓がドキドキしてる、芥川が“だから”の先に言いたい事は分かった気がする

なんだよ、私結局コイツの事好きだったんじゃん、デートしよって誘われた時内心凄く嬉しかった、それからずっとドキドキしてる


「じゃあ、私を芥川の、彼女にしてください」
「なまえちゃんずるいC!俺が言おうと思ったのに!」
「よし、ほら暗くなる前に帰るよ!」


今度は私が芥川の手を取る番

また来ようね、遊園地、ジェットコースターは乗らないけど


お手をどうぞ、王子様


(もう乗らねぇって言ったろ!!)
(でもそう言って付き合ってくれるからなまえちゃん優しい)
(次お化け屋敷な)
(ごめんなさい)


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