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□恋に落ちる音
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時々どうしようも無く死になくなる時がある
別にいじめにあってる訳でもなくて、親から暴力振るわれてる訳でもない、ごく普通の人生を送ってると思う
ただ、今この瞬間この世界から自分が消えたら、家族は、クラスのみんなは、どんな風に思うのか、ちょっとだけ考える時がある
悲しんでくれるのか、居なくなって嬉しいと思う人も居るんだろうか、私の後を追って死んでくれる人なんか居るのかな、と
「ねぇ、なにしてんの?」
「芥川くん珍しいね、昼休みここに来るなんて」
「何してるのか聞いてんだけどなぁ」
とりあえず自殺の真似事でもしてみようかと思って屋上に来た
私より少し背の高いフェンスを登って地面に足を付けた瞬間背中に掛けられた声には聞き覚えがあった、隣のクラスの芥川くん
お昼休みは大体テニス部のみんなと居るか教室で寝てるかしてるのにどうして今日に限って屋上になんか来たんだろう
「そんな所に居ると危ないよ」
「うん、知ってるよ」
「なまえちゃんもしかして飛び降りようとしてた?」
「……私の名前知ってるの?」
「知ってるよ〜、だって時々跡部に呼ばれてるっしょ」
生徒会に入ってるから確かに跡部くんから声をかけられる事は時々あるけど、まさかあの芥川くんに名前を覚えてもらえていたなんて
そう、別に今日は死ぬためにここに来た訳じゃなくて、自殺の方法で一番最初に思い浮かんだのが飛び降りだったからここに来ただけで危ないのは分かってるんだ
「ね、こっち戻っておいでよ」
「芥川くん私が死んじゃうと思った?」
「Aー、そりゃそんな所に立ってたらそうだと思うでしょ」
「じゃあ、もしこのまま私が飛び降りたら、芥川くん悲しい?」
何を聞いているんだろう、たまたま名前を覚えてくれてただけの同級生でしかないのに、私が死んだってどうせすぐ忘れられちゃうんだろうに
うーん、と顎に手を当てて考える仕草をした後歩き出した芥川くんは、ガシャガシャと錆びたフェンスを登り始めた
「よっ、と」
「……芥川くん、なんで」
「だってなまえちゃんいつまで経っても戻って来ないから、俺が来ちゃった!」
「あ、危ないよ」
危ないよ、なんて、どの口が言ってるんだか
危ない事を分かってて私は今ここに立っているのに、さっき私より先に危ないよと言ったのは芥川くんなのに
「なまえちゃん死んじゃうの?」
「えと、いやそんなつもりじゃなかったんだけど」
「死ぬ気もないのにこんな所に居るの?」
なんだろう、芥川くん、いつもよりちょっと声が怒ってるような気がする
例えばこのまま私が飛び降りて死んだとしても彼は悲しんでくれるのかな、それとも目撃者として後が面倒だから私を死なせたくないのか
少しだけ眉間にシワを寄せて私を見る芥川くんと目が合って、手首を掴まれた
「なまえちゃんが死ぬなら俺も死ぬ」
「な、何…?ダメ、ダメだよ!そんなのダメ!どうして私が死んだら芥川くんまで」
「俺が!なまえちゃんの事、好きだから」
芥川くんのこんな必死な顔、初めて見たかも、私の手首を掴む彼の手にはさっきよりも力がこもっていて痛いくらい、痛いのは手首だけじゃない、心臓が、痛い
「俺、なまえちゃんの事ずっと見てた、クラスは違うけど、購買でパン買う所も、昼休み終わる前にいっつも自販機でサイダー買うのとか、部活終わると友だちとコンビニ寄るのも、全部、全部」
「な、何、何言ってるの、芥川くんこんな所でそんな冗談」
「冗談じゃない、なまえちゃんの事ずーっと大好きだったC」
分からない、彼の言ってる事が分からない
なんで?芥川くんが私の事を好き?どうして?痛い、痛いよ、そんなに腕引っ張ったら
「だから、なまえちゃん、俺だけの物になって」
落ちちゃうよ
「あ」
ドンッ、と肩を押されバランスを崩した私の身体はいとも容易く空へと投げ出された
あ、私死ぬんだ、芥川くんに殺されたんだ
屋上から落ちる私の右手首はまだ芥川くんの左手に掴まれたままで、そんな、芥川くん、早く離さないと一緒に落ちちゃうよ
飛び降りるのって地面に辿り着くまでに時間がかかるからちょっと後悔するなんて話聞いた事あるけど、まぁ、私の事大好きだって言ってくれる人が一緒なら、別に後悔なんて無いかも
恋に落ちる音
(私もね、好きだったんだよ、君の事)
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