散歩ついでに世界の果てまで

□大敵
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「ひっ」


お昼ご飯を食べ終え、ソファーに座ってテニスの中継を観ていると、洗濯物を取り込んでるはずの名前さんが短い悲鳴をあげた

振り向くと洗濯カゴを持ったまま固まっている

洗濯物は全部取り込んだみたいだけど、一体どうしたというのか


「せ、精市くん、助けて」
「名前さん、どうしたの」
「私まだ死にたくない」
「え、何事?」



それは一体どういう事なの名前さん、俺だって死なれたら困るんだけど

ベランダで一時停止している彼女に近付くと洗濯カゴを見ろと目線で訴えてきた

そこには名前さんの大敵、いくら小さくてもコイツが動いたらきっと洗濯カゴは床に落下するだろうな


「本当に苦手なんだね、虫」
「い、良いから、早く、早く取って!」
「俺も得意なほうではないんだけどな」


洗濯物の天辺を陣取っていたのは小さな蜘蛛

しまったな、ティッシュはテレビ台の上だ、素手で掴むか


「は、早く、早く!」
「待って、…よし、とれたよ」
「分かった、分かったから、早く逃がしてあげて」


久しぶりにこの状態の名前さん見たな

ぼーっとしてる事が多い人だから時々こうして取り乱すのを見るのは面白い、以前そう言ったら割と本気で怒られたけど


「名前さん虫嫌いなのに毎回逃がしてあげるよね」
「だって、虫だって生きてるんだし、でも生かされてる事に感謝して欲しいわ」
「…うん、やっぱり嫌いなんだね」


ベランダから蜘蛛を逃がしてやるとホッとしたのか、カゴを持ったまま床に座り込んでしまった、器用だな


「はぁ、ありがと精市くん」
「どういたしまして、ほら、カゴ貸して」
「ねぇ精市くん」
「ん?」


多分このまましばらく動かないだろうから洗濯物は俺が畳もう、そう思ってリビングへと向かおうとしたら不意に下から声がした


「私精市くんが居ないと生きていけないかも」
「え、それは困ったな、でもね名前さん」
「ん?なぁに?」
「俺も、名前さんが居ないと生きていけない」
「……知ってる」


今日一番の笑顔、この人のためなら死んでも構わないと思ってたけど、この笑顔を見るためには精一杯生きなくてはいけないみたいだ



(自分のパンツくらい自分で畳んでよ)
(じゃあ名前さんのは俺が畳んであげる)
(結構です)
(遠慮しなくて良いの、痛いごめんなさい)
(もー!)


.

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