散歩ついでに世界の果てまで

□動揺
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「ただいま」


あれ、居ないのかな

テニススクールのバイトを終えて帰宅すると、いつもはすぐに返事かパタパタとスリッパの音が聞こえてくるのに今日は静か

けど玄関に靴はあるし、今日は休みだって言ってたから居るはずなんだけど

足音を立てないようにゆっくりリビングに向かうと、ソファーに座る愛しい後ろ頭

なんだろう、本でも読んでるのかな


「たーだーいーまー」
「わぁ!お、おお、おかえり!」
「……そんなにびっくりした?」


こっちのほうがびっくりしたけど、居るなら返事くらいして欲しい

と、まぁそれは良いとして名前さん今何か隠したな


「クッションの下に何隠したの?」
「えっ、別に、何も」
「すぐバレる嘘つかなくても良いのに」


相変わらず面白い、どう見ても嘘ついてるのに何でしらばっくれるのかな

何か雑誌を読んでたように見えたけど、まさか名前さんがいやらしい本なんて読むわけ無いし、俺に見られたら良くない物なのかな


「どれどれ、ちょっと見せて」
「あー!ダメっ!」
「……月刊プロテニス、名前さんこんなの読んでたっけ?」
「あの、えと、うんと、えーと、取り敢えず荷物置いてきたら?ね?」
「はいはい分かったよ」


まさか名前さんがこんな物読むなんて、一体どうしたんだろう

でも何だかやたら読み込んでるような、月刊プロテニスの発売日は先週だったはずなのに、角も丸くなっているし…


「あれ、これ最新号じゃないね」
「ねぇもう良いでしょ返して」
「名前さんちょっと落ち着こうよ」
「お、落ち着いてるよ」


いやどこが落ち着いてるんだか、明らかに動揺してるでしょ

月刊プロテニスなんて久々に見たな、中学高校と、あの頃はよく取材されたっけ

と言うか、これ表紙、忘れもしないあの顔だ


「懐かしいな、中学時代の跡部」
「ねぇ分かったから、ほらアイスコーヒー飲むでしょ?」
「うん、わー懐かしいこれボウヤだ」
「精市くん読みながら歩かないで危ないから」
「はいはい」


荷物を置いてテーブルにつくと名前さんが朝から作ってた水出し珈琲とサンドウィッチ、今日はスモークサーモンとチーズか

この間のチキンのやつも美味しかったな

所で、見るからに動揺してるけど、お願いだからお皿落とさないでね名前さん


「声かけたのに気付かないなんて、よっぽど集中してたんだね」
「分かったから返して精市くん」


この時確か氷帝と練習試合してたんだよな、次の号が立海特集だった気がする

けど、なんだろう、確かに少し古びてるけどこのページだけやたら皺が出来てるような、角が折ってあるし


「名前さんこういう顔好きなの?」
「うーん、格好良いと思う」
「ふーん、で?」
「……で?え?」
「何でこれ買ったの?」


目が泳いでる、名前さんテニスなんて興味ないだろうしこんな昔の見たって何が面白いのか


「…えーと、そのページ」
「この角折ってある所ね」
「うっ、そう、その右下」
「……あ、俺だ、え?これだけのために?」
「あの、その写真、とっても格好良くて、つい…」


そこに写っていたのは証明写真くらいの大きさの俺、良くこんなの見付けたな

え、けど、名前さん立ち読みでこれ見付けた、のか


「と言うか、こんなの無くても毎日見られるだろ、俺の顔なんて」
「それはそうなんだけど、中学生の精市くんにはもう会えないでしょ?」
「いや、一つだけ方法がある」
「え?なになに!?」


何だその食い付き具合いは

もしかして名前さんって、正太郎コンプレックスなんじゃ…


「俺の子、産んだら見れるかもね」
「……精市くんの、子、って、え」
「でも名前さんに似るかな、小さい頃の名前さんも見たいな」
「ま、待ってちょっと、精市くん何言ってるの」
「行く行くはそうなるんだろ?」
「え、そ、そう、なりたい、です」


中学時代の俺を見るには多少時間がかかるけど、間違った方法ではないと思う

今はまだ二人の思い出を増やして行きたいけど、そのうち家族も増えたら良いな、なんて考えながらサンドウィッチを頬張った



(で、次の号も買った訳だ)
(だって精市くん表紙だったし)
(名前さん俺の事大好きだね)
(……好き)
(うん、俺も、名前さんが好き)

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