散歩ついでに世界の果てまで

□七月七日
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「はぁ、もうそんな季節なんだねぇ」
「上向いて歩くと危ないよ」


七月七日、織姫と彦星が一年に一度だけ再会できる日

商店街の店先に置かれた笹には近所の子供たちが書いた短冊と七夕飾りが吊るされている


「七夕ってさ、七月入ってすぐの行事でしょ」
「うん、そうだね」
「だから毎回あー始まった、って思ったらあーもう終わっちゃったってなる」
「……なるほど」
「良いよ伝わらなくても」


まぁ名前さんの言いたい事は何となく分かった、分かったからそんなに怒らないでください


「ねぇ、名前さんほら、短冊」
「精市くん私の事いくつだと思ってる?」
「まぁまぁ良いじゃない、折角だし、ね」
「もーしょうがないなぁ、精市くんがどうしてもって言うなら書いてあげるよ」


何でそんなに上から目線なんだろう

数メートル先を歩いていた名前さんに短冊をひらひらと見せると少し頬を膨らませながらジワジワと近付いてきた、なんだか猫みたいだなぁ


「昔さ、短冊にバカみたいな事書いてた」
「例えば?」
「億万長者になりたいとか、アイドルになってちやほやされたいとか」
「ふふっ」
「絶対笑うと思った、ねぇ、精市くんは?どんな事書いてた?」


あぁ、聞かれると思った、どうしようかなぁ正直に言うと名前さんまた泣きそうな顔しそうなんだよなぁ

七夕の短冊に書いた願い事、自分でもなんでそんな事書いたんだろうって後になって後悔した

あの時の夏、病院にも飾られていた七夕飾り、どうせ誰も見ないだろうと思って書いた短冊は見舞いに来た真田にあっさり見付けられてしまって少しだけ怒られたのを今でも覚えてる


「またテニス、したいなぁ」
「精市くん?」
「あっ、え?俺今口に出してた?」
「……ね、角のお菓子屋さん七夕限定のゼリー売ってるんだって、買って帰ろ」


しまったな、つい思い出に浸ってしまった

七月には血の滲むようなリハビリももうほぼ終わっていた

短冊になんか書かなくても願いは叶ったのに、“またテニスがしたい”って、勿論諦める気なんてさらさら無かったんだけど


「あ、ねぇ名前さん短冊なんて書いたの?」
「なんかね、ゼリー二種類あるんだって」
「名前さん聞いてる?」
「織姫と彦星のゼリーだってさ、絶対可愛いよね」
「ねぇ、ちょっと、名前さん」


これは絶対見られたくない事書いてるな、名前さんめっちゃ早足だし


「私織姫じゃなくて良かった」
「どうして?」
「だって、精市くんとゼリー半分こ出来ないし」
「……じゃあ俺も彦星じゃなくて良かった」


だって、一年に一度しか名前さんに会えないなんて、一年に一度しか名前さんの笑顔が見られないなんて、そんな人生考えられないし

後日テニススクールの帰りに七夕飾りを見たら名前さんの書いた短冊を見付けた

“いつまでも精市くんが側に居てくれますように”って、これ商店街の人たちも見るの分かってるのかなあの人は



(ねぇ!精市くんの短冊見ちゃった!)
(ふーん、なんて書いてあった?)
(毎日名前さんの笑顔が見れますようにって、おかげで八百屋さんのお父さんに冷やかされてキュウリいっぱい買っちゃったじゃん!)
(じゃあお漬物いっぱい作ろうか)
(……作る)


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