散歩ついでに世界の果てまで
□溶け出す
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「暑い」
「クーラー点いてるでしょ」
「動けない」
「それは大変だ」
「んあーーもー!精市くん!離れて!」
ソファに座って雑誌を読む名前さんの隣が丁度俺の分空いてたからアイスコーヒーを二つ持ってそっと座ってそっとお腹に腕を回したら怒られてしまった
名前さんは暑がり、ここ何日かクーラーのタイマーが切れた二時間後には目が覚めているらしい
「俺は暑くない」
「私は暑い、あとコーヒーに手が届かない」
「えっ、しょうがないなぁ、じゃあ俺が飲ませてあげるよ」
「今そういうの要らない、早くコーヒー取って」
とうとう目線は雑誌に向けたまま手だけをこちらに差し出している、名前さん本当に暑がりだなぁ
「はい」
「…………え?」
「それ見終わったら次貸してね」
「ね、ねぇ、精市くん」
知らんぷりしてテレビを点けてアイスコーヒーを一口飲んだ、名前さんの視線が横顔に刺さっている
名前さんの手に乗せたのはアイスコーヒーの入ったグラスじゃなくてスノードーム
テニススクールに通う子どもが作った物で、普通ならスノーマンとかサンタさんとかを入れるんだろうけど名前さんの手の上に乗っているスノードームには向日葵が閉じ込められている、なかなか良いセンスだなぁ
「ねぇ、精市くんこれ、どうしたの?」
「スクールの子がくれたんだ、スノードームに向日葵なんてなかなか洒落てるよね」
「へぇー、可愛い」
無邪気にスノードームを振ったり逆さにしたりする名前さん、時々歳よりも幼く見える時があるけどきっと童顔だからというだけじゃないんだろうな
「……なぁに?そんなに見られたら穴が開きそう」
「ふふ、いや名前さんそれ気に入ってくれたのかなと思ってさ」
「うん、可愛い、私向日葵好きだし」
「じゃあ見に行こうか、向日葵」
きょとんと俺を見つめる彼女の頭上にはハテナがいくつも浮かんでいるように見えるし手に持っていたスノードームをそっとアイスコーヒーに持ち替えても全然気が付いていないみたいだし、こっちこそ穴が開きそうだよ
「平日ならあんまり人も居ないんじゃないかな」
「……あ!ねぇ、もしかして一昨日テレビでやってた向日葵畑?」
「うん、名前さんテレビに釘付けになってたから行きたいのかなって」
「行く!絶対行く!」
すり替えられた事に気付かないままカランと音を立てて少し氷の溶けたアイスコーヒーを一口飲んで、放り投げられた雑誌を拾い上げて一生懸命夏のワンピース特集のページを見つめる彼女はどこか楽しそうで、夏って良いなと思った
(これなんかどう?)
(え、精市くんこういうの好きなの?)
(この襟とかなんだかセーラー服みたいで可愛いじゃない)
(……精市くんしかして少女趣味?)
(俺が買うって言ったら文句無いだろ)
(横暴だ!)
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