boys

□きっと僕らは
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「はぁあああ……」

 肺の中を空っぽにするような、深いため息を吐く及川。
 狭いこたつを挟んで、今回は二週間も経たずに終わったんだなと悟る。




 高校を卒業して宮城から東京へ上京し、大学へ通いながら一人暮らしを始めて二年が経った頃、エントランスで及川に会った。聞けば大学は違うものの最近ここに引っ越してきたらしく、高校よりハードになった大学の部活後に自炊なんて満足にできずに栄誉バランスの整ったご飯に飢えているという。確かにここら辺はファミレスや居酒屋なら困らないけど、定食屋は少ない上にバランスのとれた家庭料理系定食屋なんて部活後の遅い時間は閉店している。
 ここで少し、僕の話をしようか。
 遡ること小学生の頃、家庭科の授業で料理作りにハマり、母親の仕事復帰を機に食事当番は俺になった。失敗もするけどなにかひとつを作りあげることが楽しくて面白くて、将来は調理師になりたくて大学も決めた。順調に知識と技術を身につけていく中で、しかし弊害もあった。
 彼女とのお付き合いが、長続きしないのだ。
 料理はもちろんデザートまで作ると「太ったから食べたくない」と言われ、低脂肪低カロリー、だけど栄養あるご飯を作れば「女子力の差に自信なくなってきた」と別れを告げられる。おいしいって言う顔が見たくて、どれが良かったか悪かったかの感想がほしくて作っていただけなのに、一ヶ月も経たずに別れる時もあった。そしてこの日、別れたばかりで溜まった鬱憤を作って晴らそうとスーパーへ食材を大量買いしていたのだった。
 野菜や肉が詰まったエコバッグに及川の視線が注がれているのを感じながら、提案する。

「……今から生姜焼きときんぴら、小松菜の卵とじソテーに味噌汁作るけど、食う?」
「食べたい!!!!」

 それが誰かにご飯を作りたい、感想を聞きたい、女子力だの言わない人を探してた僕と、バレーで消費したカロリーや栄養を補いたい、ちゃんとした食事をとりたい、人目気にせずがっつり食べたい及川との利害が一致した瞬間だった。
 あれから食費は折半、基本どちらかの部屋で夕飯、及川の帰りが遅くなる場合はタッパーに入れ部屋に置き、朝練へ行く前に僕の部屋へ返す、飲み会の日やデートの場合は事前連絡をすること……その他細々としたルールをつくり、合鍵もその日のうちに交換した。
 こうして高校時代はそんなに接点のなかった及川との奇妙な生活が、始まったのだ。




「なんっで毎回フラレるんだろう……」
「女から付き合って♡ → いいよ! → ごめん別れて → Σ(゜ω゜)!? のループだもんな」

 ぐつぐつと音をたてて煮込む鍋から、肉と野菜を皿へ取り分ける。割合は均等になるようにして渡せば、ゲンドウポーズだった及川はやっと箸に手をつけた。タレは市販のものにちょっと加えて、酒に合う味付けにしておいたが、意外にも及川は手ぶらで来た。いつもなら酒を大量に買い込んで来るのに珍しい。

「俺のなにがダメなの? ……あ、おいしい」
「今日は出汁変えてみた」
「及川くんのこと全部好きって言ってたのに!」
「うんうん」
「他の子と話さないでとか小学生かっての! ……ん、肉団子やわらかい」
「鶏と豚の二種類あるよ。おかわりは?」
「する……」

 皿を受け取って、たくさん盛り付ける。

「腹いーっぱい食って、寝ればスッキリするって」
「尊くん母ちゃんみたいなこと言うね……」
「なんだそりゃ。こんなでっけー息子産んだ覚えねーwww」

 なんて互いに茶化しながら、愚痴を吐いて空になった腹をあったかいご飯で満たす。人間ってのはどんなに落ち込んでても息はするし腹は減るし眠くなる。気分に関係なく体は生きたがっているから、そういう時はおいしいご飯を食べるのが一番。あっという間に気持ちを塗り替えてくれる。
 最初はちびちび食べていた及川が、徐々にペースを上げあっという間に具材は減っていった。暗く鬱々とした顔から、幾らか吹っ切れたように見える。

「シメは?」
「うどんがいいな」
「了解」

 成長期を過ぎても二十歳の胃は食欲旺盛で、及川はそれを踏まえてもよく食べる。……四玉で足りるかな、足りるよな? 沸騰した鍋にうどんを入れ、薬味と卵で飾り付ける。

「それにしても、及川のかっこいいところしか見てないから、幻滅していくんだよな」
「待って尊くん、もうちょいオブラートに包も?」
「本当は浮き沈み激しくてバレーに貪欲で、寂しがり屋の負けず嫌いな面倒くさい奴だってわかってれば楽なのに。ここまで知ってれば、かっこつけてるところ見ると逆に笑えてくるしな」
「酷い……」

 ガチで落ち込む及川に、三ヶ月前まで僕も学生時代はその子達と同じように及川を完璧な奴だと勝手に思っていたんだよなぁ、と思うとなんだか感慨深くなった。

「でも皆の前で見せるかっこつけた姿より、バレー馬鹿でくだらない冗談に大声で笑って口いっぱいに飯詰め込んでおいしいって子供みたいに言うほうが断っ然かっこいいのに、皆わかってねーよなぁ」

 なんでこういうギャップ萌えは女子受け悪いんだろうな、と付け足す僕は、及川の目に涙が溜まっているのを見てしまった。うわぁ。

「うぅっ、尊ぐんんんん……!!」
「なんで泣いてんだよ……ほら、ティッシュ」
「だぁって尊ぐんがすっごい褒めてぐるがらぁ」
「本当のこと言っただけだし」
「もうなんなの!? 抱くよ!?」
「そこは抱いてじゃねーのかよ」
「尊くんは可愛いからそれはないかな」
「はぁ? 僕のどこが可愛いんだよ」

 がっしりとした男らしいわけじゃないけど、女に間違えられることもない極々普通な顔。及川みたいな筋肉はないけど、平均身長は越えてるし。

「楽しそうに料理してる時とか、俺の好み覚えて味付けしてくれることとか、ベッドから頭だけはみ出して寝てたり、ノートまとめてる時に口を尖らせる癖も……あーでも、一番は尊くんの料理食べておいしいって言った時のふわって笑う顔かな。めっちゃ可愛いんだよね」

 目尻を下げて、どこか嬉しそうに笑う及川になんでか居心地が悪い。それは普段面と向かって好意なんて中々聞かないからか、……ちょっと、なんというか。

「尊くんが照れてる!? 可愛い!!」
「うっさい!! あーもー、なんでそれを及川じゃなくて女の子にわかってもらえないんだぁああ」
「ほんとそれ。尊くんみたいな子現れてほしいー」

 ズルズルと啜りながら、子供みたいに駄々こねる。飾らない、素の顔。こんな自分を受け入れてくれる人は、一体どこにいるんだか。
 目の前にいるだろう、と意識しだすまでもう少し。それまで空回り続けるんだから、まったくどうして、世の中ままならない。








きっと僕らは、恋してる

(身長百五十センチ未満の巨乳居たら紹介して)
(そんなんだから尊くんもすぐ別れ告げられるんだよ!!)
(うっさい!!!!)


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