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□いつだって
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 燃えさかる炎に似てるから、夕日が嫌いになった。

「十代目、帰りましょう!」
「部室棟まで一緒に行こーぜ」
「あっ、うん」

 がやがやと騒がしい放課後の教室、ノートを鞄に詰めていると一際大きい声と明るいが聞こえる。次いで、気圧されたような声。顔を上げずとも誰が誰の声かはわかる。特に最後のは、聞き間違えるはずがなかった。
 転校生が来て、転落騒動からこの会話は毎日繰り返されている。クラスメイトは“いつもの光景”だと思っている。思ってないのは、きっと僕だけ。

「尊も、一緒に帰ろう?」

 机の横で幼なじみのツナが、僕を誘う。後ろでは不満げに睨む獄寺と、それに苦笑している山本。心の中で、ため息を吐いた。

「ごめんツナ。日誌がまだ終わってないんだ」

 机に出しっぱなしにしていた日誌を指先で叩き、眉尻を下げて笑う。

「そっか、今日日直だったもんね」
「うん。だからまた明日」

 つとめて明るく笑えば、ツナは手を振って獄寺と山本の輪に戻り、教室から出て行った。そうしてひとり、またひとりとクラスメイトが教室から去り、最後に残るは僕ひとりだけだけ。
 窓の外で太陽が傾いていく。教室に差し込む日差しの色が濃くなった。あぁ、夕焼けがやってくる。

「ちゃおっす」

 外へ向けていた視線を教室の入口へ移す。そこには黒のスーツに大きなおしゃぶりを提げた小さな子供が立っていた。ツナの家庭教師のリボーンだ。たまに僕の勉強も見てくれるから、先生と呼んでいる。

「まだ帰らないのか」
「んー、なんとなく。先生はどうしてここに?」
「泣いてるのかと思ってな」
「あはは、なにそれ。なんで泣くのさ。悲しいことなんかなにも――」

 言葉を遮るように、ぽた、と頬を伝ったしずくが落ちた。指でなぞると、涙が目から溢れている。潤む視界に、ボルサリーノを目深にかぶった先生が僕の机に飛び乗ってきた。
 夕日が教室をオレンジ色に染めていく。あぁ、嫌だ。僕も先生も、光に照らされ染まっていく。燃えさかる炎に似てるから、夕日が嫌いだ。オレンジ色の炎は、ツナを思い出す。思い出してしまう。

「先生……先生はどうして、僕になにも言わないの?」

 ツナとの出会いは幼稚園。物心がつく前から、友達だった。いつも一緒で、なにをするにも二人遊んだ。泣き虫で弱虫だけど、優しいツナが好きだった。それがいつしか友愛から恋愛に変化してしまったのは、中学生にあがった頃。好きな人ができたと、ツナに相談された日。心の中で渦めく暗い感情が生まれた。
(……は? 好きな、人? なにその顔……そんな耳まで赤くして)
 初めて見る表情に、どろどろと重たい気分に、ようやく気づいた。あぁ、そうか。僕はツナが…………好きなのか。
 気づいてから僕は想いを深い場所に、何重にも鍵をかけて埋めた。そうして悟られないように、普通の幼なじみとして何食わぬ顔で隣に立つ。まだ勇気を出すには、難しい。この関係が壊れてしまうことが、なにより怖かった。いつか言えるその日まで、と蓋をしたのに、先生が現れて状況は一変。ツナは厄介な事情に巻き込まれていき、冗談にしか思えない非日常を生きるツナの隣で、僕は怯えるはめになった。

「なんで僕をツナから引き離さないの……!?」

 次期十代目最有力候補に好意を持つ同性なんて、僕が先生の立場ならとっくに遠ざけている。だって結婚もできなければ子供も残せない僕を、そばに置いておく理由なんてない。どんな手を使って脅されるのか、ずっと不安だった。なのに先生はなにも言わない。僕の気持ちを知っているのに、なにもしない。

「苦しい……っ。苦しいんだよ先生」

 張り裂けそうな痛みが胸を押さえる。溢れる涙は止まらず、水たまりとなって机に広がる。
 離れたくない。ツナに好きだって言いたい。でもいつか離される日が来るなら、今すぐ訪れてほしい。期待ばかりしてしまうのは、もう耐えられない。いっそのこと、記憶を消してもらえば楽になれる。そうすれば僕も、夕日に囚われずに済むのに――。
 結局、先生はなにも言わなかった。










いつだって終わるための答えを探してる
(これでいい。もう終わりでいい)


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