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□花の恋
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 薄く色づいた赤い花が咲いている。

「なんだこれ?」

 肌を撫でる春風は、花弁を気持ちよさそうに揺らす。
 当たりを見回しても、花はこの一輪だけ。

「こんなところに花なんて咲いてたっけ?」

 そっと指先で花弁に触れた瞬間、ずきっと頭に痛みが走った。
 次いで流れてきたのは、よく知った人の顔。

「……社長?」

 異能力者達を率いる武装探偵社の社長、福沢諭吉の顔だった。
 頭に浮かんだ社長はいつもの無表情だったが、その瞬間どっと心臓が早鐘を打つ。息が苦しくなって、思わず口を抑える。

 なんだこれ、なんだこの花!?

 ただの花に見える。何の変哲もない一輪の花。植物に詳しくないから、この花の名前は知らないけれど、道端に咲いていたって気にもとめないような雑草の一種。

「…………」

 呼吸を整え、もう一度、ゆっくり花に触れる。
 ───次に浮かんだのは、少し眦を下げて薄く笑う社長だった。
 これは、初めて任された一人の任務を無事に成し遂げ、報告しに行った時に見せてくれた表情だったと思う。社長の笑った顔をみたのが、あの時初めてだったから覚えている。

「まさか、これ……」




 ふ、と目が覚める。
 目に映ったのは見慣れた天井と、聞き慣れたアラーム。

「夢、か……」

 変な夢見たな〜。まぁ夢なんて大抵突拍子もないものばかりだし、どうせすぐ忘れてしまう。さぁてそれよりも支度して仕事に行かないと。
 体を起こして軽く伸びをしてから立ち上がる。
 この時はさして気にもしてなかった。







「まーたこの夢かい」

 足元には薄く色づいた赤い花が咲いている。
 かれこれ一週間はずっとこの夢を見ていれば流石に飽きてくる。
 変わったことといえば、同じ花が増殖しただけ。あ、あともうひとつ。
 しゃがんで花弁に触れれば、頭に浮かぶ落ち込んだ顔の社長。

「あーこれ、お気に入りの喫茶店がしばらく休業になると知った時の顔だ。数日引きずってだよなぁ」

 花に触れる度に、色んな社長の表情が思い出せるようになった。
 笑ったり、怒ったり、呆れたり、拗ねた顔……などなど。そのどれもが注意深く見てないと一瞬で無表情に戻ってしまう程度のものだけど、僕は新しい社長の一面を知れることが嬉しかった。
 異能力者として生まれた僕は家族から疎まれていて、居場所がなかった。まともに雇ってくれるところもなく、荒んだ人生をこれからも歩んでいくのだと思っていた。だけどあの日社長に出会って、僕を武装探偵社に迎え入れてくれた。理不尽に怒鳴ることも、殴られもしない。仕事を頑張ったらたまに褒めてくれるし、ちゃんと認めてくれる。口数は多くないけど、優しくあたたかい人。尊敬できる大人。

「そんな人に向けていい感情じゃないんだよなぁ」

 すっと茎に手を伸ばし、根の一本も残さないように引っこ抜く。

「ごめんね」

 恋という名の花は、いらないのだ。






「おぉ、また咲いてる。我ながらしぶとい」

 昨日綺麗に除草したのに、最初から咲いてましたけど? みたいな感じで花がたくさん咲いている。
 恋をしたことが初めてだから諦め方がよく分からない。避けたくても職場で顔を合わせるし、その度に卑しい心は浮かれてしまう。嫌うにも欠点が見つからない。これが盲目というやつか。だいぶ厄介だな。
 でもこのままじゃ駄目だ。懸想していると知られたら居場所が無くなる。それだけは嫌だ。じゃあどうすればいいのか?

「…………辞めるしかないのかな」
「何をだ?」
「うわぁ!!?」

 突然聞こえてきた自分以外の声に、驚いて振り返れば社長がいた。

「えっ、なん、しゃ、社長!???」

 いつもの着物姿の社長がうしろに立っていた。びっくりすぎて心臓止まるかと思った。
 ……あー、そうか夢って願望の現れっていうもんな。

「うわすご……リアルすぎて自分が怖い。夢ってなんでもアリなんだ……」
「先程から何をしている?」

 社長は僕の足元に咲く花と、抜かれて山になった花を見ている。

「これですか? 恋愛感情を引っこ抜いているんです」
「……何故、そんなことをする」

 驚いた顔の社長初めて見たけどすげーリアル。再現度やべーな。まるで本物みたい。

「だって伝える気ないですし、いらない感情ですから。でも毎晩こうやって 摘んでもまた生えてくるので、イタチごっこなんですよ」

 社長は口元に手を当て、しばし黙ったあと口を開いた。

「桐島の好きな相手は、……探偵社にいるのか?」
「え!! すごい、なんでわかったんですか!?」
「その花を抜きながら辞める、と言っていただろう」

 あぁ、聞かれていたのか。流石探偵社の社長。名推理だわ。
 まぁどうせ夢だし、本人だけど現実じゃないから別にいっか。

「───僕の好きな人、社長ですよ」
「!」
「あはは、言っちゃった」

 夢とは都合のいいもので、いつもより開放的な性格になる。普段なら教えもしない本当の自分を、ペラペラと喋りたくなってしまう。
 社長の好きなところ、惚れた瞬間、そしてこの感情がいかに邪魔なものなのか。黙りきった社長に僕はひとつひとつ説明していた。

「だから諦めるために、こうして恋愛感情を引っこ抜くんです!」
「───その必要はない」
「え、なんでですか?」

 ぶちぶちと花を摘む手を掴まれ、社長は隣にしゃがんだ。
 白銀のまつ毛に縁どられた色素の薄い瞳が、真っ直ぐ僕を見ている。

「私も桐島が好きだからだ」

 ────なにを言われたのか、理解するのに時間がかかった。

「互いが好きでいるなら、恋愛感情を消す必要はないだろう」
「社長……僕のこと好きなんですか……?」

 やっと口から出た言葉はか細くて、でも隣にいる社長にはしっかり聞こえていた。社長は眉を下げて、笑った。

「最初は、部下のひとりとしか思っていなかった。次第に辛い境遇を乗り越えて今を生きる姿に好感を持てた。いつも笑顔でひたむきで、君がいるだけで場は和やかになる。その類まれなる力を世のため人のために使い、自分のことは後回しにするところが心配で、放っておけなくなった。些細な気遣いに気がつけば、見えないところまで気を遣う君がいた。君が前を向いて歩くから、私も安心して前を向くことができた」

 なにを、いわれているんだろう……?
 何故か頭の奥がぼうっとする。

「桐島を好きだと気づいてからは、正直焦った。年の差はあるし、同性だ。受け入れて貰えないだろうと逃げ腰でいたが、同じ気持ちなら別だ」

 掴まれた腕が放れる。だけど真っ直ぐ見つめられた目が離せない。

「諦める必要はない。この花を二人で育てよう?」

 ……あぁ、なんだこれ。すごいことたくさん言われて、頭がついていかない。
 でも痛いくらいに胸が締めつけられて、涙が止まらない。だって、

「…………これが、現実ならいいのに…っ」

 夢の中で創り出した貴方に言われても、嬉しくない。
 僕はもう疲れたんだ。この恋を諦めて楽になりたい。なのに、こんなこと言われたらもっと好きになってしまう。自分に都合のいいことばかり言わせて、いったい僕は何をしたいのか。
 ぼろぼろと溢れ出す涙で社長の顔が歪む。膝に顔をうずめて、子供みたいに泣いた。
 社長はその間、ずっと背中に手をあててくれた。






 ふ、と目が覚める。
 目に映ったのは見覚えのない天井と、聞きなれない規則正しい機械音。

「どこ、だ……ここ…」

 頭がぼうっとする。寝すぎた時のような、頭が正常に働かない。

「目が覚めたか」

 声のする方に顔を向けようとしたが、何故か重くて動かない。なんとか視線だけ動かせば、社長が椅子に腰掛けていた。

「何があったか覚えているか?」
「……? 」
「太宰たちと銀行に行った先で強盗に遭っただろう」

 あぁ、そうだ。銀行へ使いに頼まれて、太宰さんと敦くんと一緒に出掛けた。そこで銀行強盗が来て、僕と敦くんで犯人を捕まえて太宰さんが警察に通報と客の避難を銀行員に指示していて、被害は出なかったと油断した時に押さえ込んでいた犯人がなにか叫んだ──────ところで記憶は終わっている。

「犯人は異能力者だった。能力は対象者の深層心理に介入するものだったが、太宰がすぐに人間失格を発動させたおかけで未然に防げたはずだった。しかし意識を失った桐島は目を覚まさなかった。恐らく、君の異能力と相性が悪かったのだろう。意識が深層に眠ったままになっていたんだ」

 外傷があるわけではない。与謝野の腕をしても眠った意識を呼び戻すことは難しかった。

「捉えた犯人もこの状態になった前例はないと言っていてな。為す術なく、ただ目覚めるのを待つだけということに耐えられなかった私は、桐島の深層心理に介入した」
「??????」

 急 展 開 。
 えっ、なになにどういうこと?

「犯人の異能力を、犯人ではなく私が介入できるよう調整した」
「そんなことできるんです???」
「できたから目が覚めたんだ」

 全然話についていけない……。社長が万能すぎることしかわからない。
 まぁでも一生目が覚めなかったかもしれないと思うとゾッとする。

「助けてくれてありがとうございました」

 素直にお礼を言うと、社長はふっと笑った。

「桐島の本音もすべて聞けたから嬉しかったよ」
「……?」
「覚えていないのか? いかに私が好きか語ってくれたではないか」

 なんの……話をしている?
 いかに好きかって話は、…………確かにした。したけどあれは夢の中での話で、現実ではない。
 でも社長が深層心理に介入したってことは、あの時見た夢の話は、確かに現実ではないけれど社長の意識と共有されていたものだとしたら………………?

「!!?????」
「もう二度とあの花を摘むんじゃないぞ」

 にっこりと笑った社長は、僕の手を取ると指先に口付けた。










花の恋
(よしよし、やっとくっついたね)
(太宰さん桐島さんのお見舞いに来たのに何でまだ入っちゃ駄目なんですか?)
(まぁまぁ、おじゃま虫は退散ってね!)
(……?)

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