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□ただ泣きたくなるの
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重厚な扉。
壁一面を隠す本棚。
ここには外のどんな喧騒も届かない。
ヴァーリ様が厚い書物の頁を繰る……その微小かな音しかしない。
文字を追うヴァーリ様の真剣な瞳。
硬質で端正に……あまりに整いすぎて造り物めいてさえいる横顔。
それを、私は、ずっと見ている。
傍に居ることを許されて、それでもヴァーリ様の邪魔はしたくなくて、そしてヴァーリ様をそうしてずっと見ていたくて。
一分一秒でも長く。
この満ち足りて幸せな時間が続くように。
祈るような想いは、私の胸いっぱいにひろがって。
幸せなのに。
切なくて。
苦しくて。
どうしようも無い想いを抱えて私は息さえ押し殺す。
こちらを見て微笑みかけて欲しい。
でも、この時間を終わらせるのも嫌なの。
欲張り過ぎな自分。
この想いを解放したら、きっと、もうそれは止まらない。
もっと、もっと。
ずっと、ずっと。
「龍姫」
「はい、ヴァーリ様」
「思ったより調べものに時間がかかりそうだ。
君は自分の部屋に戻って休むといい。
……ああ。
たまにはナビィや女神達を誘って息抜きしてはどうだ? このところずっと私の仕事に付き合わせてばかりだったからな」
椅子から立ち上がるヴァーリ様。
真っ直ぐこちらに歩いてくる。
その足音は、この幸せな時間の終わりへの残酷な秒読み。
私を絶望に向かわせる足音。
ソファから立ち上がった私を抱き寄せて。
それはすぐにも離れてしまいそうな柔らかい抱擁。
そして落とされる、触れるだけの接吻け。
「……何故、泣いている?」
「え?」
触れた指先に頬を拭われて、はじめて自分が泣いていることに気付いた。
離れていたくない。
片時も。
でも、言えなくて。
もっと、もっと。
ずっと、ずっと。
だから。
ただ……泣きたくなるの。
BGM:国分友里恵
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