short2

□ウォッカ・オン・ザ・ロックス
1ページ/4ページ



そこは陽光の差し込むことの無い地。

巨大な7つの門は固く閉ざされ生者の訪れを拒む。

何故ならそこは太古から一度足を踏み入れれば生きて戻れぬ地と定められていたから。

かのイナンナ神でさえ、その地から解放されるためには屍のまま運び出された後に命を吹き込まれなければならなかった。

それほどに厳格な掟。

それほどに生から隔絶された地。



けれど、その地を治める女王は、そんな深い冥界の地よりも大きく深い情を持ち、どんな神よりも妖艶で美しかった。

揺らめく冥界の炎に照らし出されたアクセサリーがその女神の足取りと共に音を立てる。

うっとりと心を吸い込まれてしまいそうなその音の余韻が消えた時……女神の官能的な濡れた唇から誰もが身を委ねたくなるといっても過言ではない心地良い声が紡ぎ出される。



「外つ国では、一年に一度、地上に溢れでる亡者と亡者のふりをした生者が祭を行うという……。
私はこれまで生者に固く門を閉ざしてきたけれども、亡者を受け入れなかったことは一度も無いわ。
今宵この地に居るのはみな亡者。
たとえ亡者のふりをした生者が紛れ込んでいたとしても、私はこの瞳を覆い隠しましょう」



細密な細工を施し色取り取りの宝石を埋め込んだアクセサリーを纏った細い指がその言葉通りに女神の瞳を覆う。

一瞬の後、その指は豊かな髪を揺らし、女神は高らかに宣言した。



「今宵一夜、私エレシュキガルの名の下に行う祭を存分に楽しみなさい!」



賑やかな祭の片隅で龍姫は独り果物を食みながら酒を飲んでいた。

そうして今宵招待された神々を見ている。

皆一様に亡者の仮装はしているもののあきらかに隠し切れていない者にはつい苦笑する。



……きっと冥界の神様がたも笑いをこらえているかもね。



それでも彼等に危険が及ぶことは無い。



……エレシュキガル様が認めたことなのだから。



美しく情け深い女神への信頼は龍姫をそう安心させる。



ハロウィンの話をしてこの祭を提案したのは龍姫だった。

エレシュキガルは滅多に冥界を出ることを良しとしない。

生者に閉ざされた門は、エレシュキガルが自らを閉じ込める門でもある。

それに気付いたのは龍姫が訪れるたびにエレシュキガルがかける言葉だった。



「こんなに頻繁に訪れてくれるなんて貴女くらいのものよ。
……ふふっ。
貴女、物好きなのね」



口調とは裏腹にそれはどこか寂しげで。



……だから、私は。


.

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ