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□ハーフムーンはときめき色
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振り返るそこに堅牢な石組みで作られた回廊と佇む館の影が無ければ。

そこから足下に続くテラスが同じ石造りでもなめらかに磨き上げられ意図的に手を加えられた物であると認識させることが無ければ。



それらが視界に映ることが無ければ、この静寂はまるで自然のようにしか思えない。



この地の中心にそびえるオーディン様の館からはいちばん離れた場所にあるヴァーリ様の館。

ヴァーリ様曰く『あのフィーバー親父のことだ、毎夜でも宴を開きかねないだろう。そんな騒々しい場所の近くに住んでいられるか!』だそう。

そうして建てた館の裏庭はすぐに岩山へと続く。

昼間にこの風景を見たオーディン様が顔をしかめたと言うから、オーディン様にとってはヴァーリ様が隠棲を望んでいるようにでも感じたのかもしれない。



けれど……。



この岩山に続く裏庭は夜にはまったく違った顔を見せる。

ごつごつとした岩山は、実は複数の美しい石を含む鉱山で。

降り注ぐ月の光を浴びて原石でありながら磨かれた宝石のように光る石達の姿が浮かび上がる。

夜の闇には空と大地の境目が溶けるように混ざり合い、遮るものの無い深い深淵のごとき夜空に散りばめられた星達と、地上に在って月の光を受けて輝く石達とが、幻想的としか言えない光景を作り出す。

だから、敢えて手を入れない。

自然のまま、あるがままに。



別にヴァーリ様とて宝石の価値が分からないわけでも嫌いなわけでも無い。

けれど、その美しさも希少さも解っているからこそそれがいちばん輝くことの出来る希な配置をそのままに留めているのだと思う。

なぜなら、こうした夜にたびたびヴァーリ様は庭を眺めるから。



澄んだ、少し冷たい空気。

漆黒の空と瞬く星。

図って描いたような半円の月は、完全な曲線と完全な直線。

空に在って白く浮かび上がり、地上に降り注いだ光は蒼くすべてを照らす。



そんな、月のようだ……と。



前に立つヴァーリ様の後ろ姿を見て思う。

夢のように美しくて幻想的な光景のなかに立つヴァーリ様は、月のよう、と。

胸が締め付けられるほど惹きつけてやまないその姿も。

深い知識のなかで溺れずその有り様を保つ心も。

まるで、月のようで。

月の光のなかに立つヴァーリ様は……。

月のように手が届かない場所に行ってしまいそうで。



「……ヴァーリ様っ!」


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