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□少年の瞳
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「避けられている」
吐き出された重い溜め息と一緒に、ヴァーリの思い詰めた声が床を這った。
「へっ!?」
対照的にヘイムダルの素っ頓狂な声は、天井に当たって跳ね返る。
「えっ、と……あのさ? ヴァーリ。
もう1回最初から話してくれるかな?」
「だから!
龍姫は昨日、霜の国から帰った挨拶をしたあとナビィと話があると行ってナビィの部屋に行き、今朝も特に予定は無いといいながらナビィの部屋に行った」
「へぇ……で、それが?」
「避けられていると思って当然だろう!」
……当然じゃないよ。
長椅子に身体を預けながら、ヘイムダルは思った。
いや、あきれていた。
首を巡らせると壁一面に備え付けられた書棚に整然と並ぶ書物が目に映る。
その昔知恵を求めて無謀なこともしたヘイムダルであっても、一目見てわからない書物だらけだ。
それが、この書斎の主……裁きと断罪の神……らしく、あらゆる悪と罪と裁きの判例を記した書物なのだとしても。
……キミのアタマは偏り過ぎだよ、この書斎みたいにさ。
思い直してヘイムダルはテーブルの上の杯に手をのばす。
真っ昼間だというのに、中身は酒だ。
……いくらボクたち北欧の神が酒好きだからってさ。
もっとも、来客を“もてなす”なんてことをこの男が覚えたのは感心するべきなんだろうけど。
ヴァーリの館を訪ねれば昼であれば龍姫が相応しい茶を淹れてくれる。
それが当たり前になっていた。
それが当たり前と感じるということは、逆を言えば、龍姫が今ここに居ないことがおかしいと言えなくも無いのだが。
のばしたままのヘイムダルの手を見て、ヴァーリが無言で促す。
「どうした? 飲まないのか」と。
ヘイムダルは苦笑した。
「ヴァーリ、キミさぁ。
面白い男になったよね」
言外に、たった1日龍姫が傍に居ないだけで「避けられている」といって相談を持ちかけてきた男を揶揄する。
……恋ってスゴいねぇ。
「面白いとはなんだっ!」
もちろん当のヴァーリにはまったく通じていない。
厳格というポーズで隠した唐変木は相変わらずだった。
「ごめん、ごめん。
でもさぁ、この世界のことでナビィと相談する必要が出来たのかもしれないじゃない?
異変を察知出来るのはナビィだけなんだから、まだボクらの出番じゃないのかもしれないし、さ」
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