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□少年の瞳
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ヴァーリの館からヘイムダルの館までは少し遠い。
ヘイムダルの館……ヒミンビョルグ……は、この地の入り口であるビフレストを望む場所にあり、どの神の館からも離れてはいたが、特にヴァーリの館からは離れていた。
オーディンのバカ騒ぎを嫌うヴァーリが、オーディンの館であるヴァラスキャルヴから遠い場所に館を建てたせいもある。
とにかく、ヴァーリの館からヘイムダルの館までの道のりはイザヴェルの地を端から端へと移動するようなもので、歩くには長い距離だった。
もちろん、その長い距離を、渋るヴァーリを連れ出して歩いたヘイムダルには、理由があった。
……自分の館に居るから余計に龍姫が居ないことを意識しちゃうんじゃない?
ボクでさえ、いつもなら龍姫がお茶を淹れてくれるのに、なんて思っちゃうんだからさ。
ヘイムダルはヴァーリの精一杯のもてなしだった酒杯を思い出して笑う。
「何がおかしい?」
「ううん。キミとこんなふうに歩くことなんて無かったな、ってさ。
ね? 脚、疲れない?」
「歩くと言い出したのは君だ、ヘイムダル。
ヒミンビョルグも見えてきたこの場所でそんなことを言って何の意味がある」
……ホントにアタマカチコチなんだよねぇ、ヴァーリって。
それきり無言で脚を進めるヘイムダルとヴァーリの前に、ヒミンビョルグの正面が見えてきた。
周囲を巡る石壁が途切れ、白光に輝くヒミンビョルグの全容と大扉が視界に入ってくる。
そこに在ってはならない人物の姿を見つけたのは千里眼のヘイムダルだった。
「龍姫!?」
「はっ?」
ヘイムダルがうっかり口にしてしまった名前は、しっかりとヴァーリの耳に届いた。
……待って。なんでキミ、よりによって、今ボクの館に来てるのさ。
ヘイムダルの顔色が見る間に青くなっていく。
ここでヴァーリを遠ざける名案はヘイムダルにも浮かばなかった。
「事と次第によっては……説明してもらうぞ、ヘイムダル」
ヴァーリのアイスブルーの瞳が氷のように煌めいた。
長身のヴァーリにがっつりと腕を掴まれて、ヘイムダルは引き摺るように歩かされる。
……ボクだってトールに匹敵する強者だって言われてるのにさ。
実はヴァーリも強いっていうのをこういう時は思い知らされるよねー。
裁きと断罪の神。
ヴァーリはその断罪という役目に相応しい力の持ち主であることを、普段神々に感じさせずにいた。
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