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□異次元飛行 〜α to ω〜
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静かな書斎でヴァーリは書物に埋もれていた。
龍姫が居れば、彼の目障りにならないように気を遣いながらも片付けてくれるので、書物が山を築くということは無い。
その龍姫が今日は居ない。
龍姫はひとりケルトの地に出掛けていた。
マーリンの呼び出し……必然的に女同士の息抜きになることがわかっていたので、ヴァーリは同行しなかった。
「だが……行けばよかったかな」
書物を閉じた。
眼鏡も外す。
どうにも頭に入ってこない。
いつの間にか傍に居るのが当然になってしまった龍姫が今は居ないというだけで、これほど集中力を散じるとは。
「……ふんっ」
ヴァーリの薄い唇が微小かに歪んで自嘲が漏れる。
「私ともあろうものが」
いっそケルトを訪ねてみるか、とヴァーリは思った。
マーリンと龍姫のお茶会やドレスの品評会に混ざる必要は無い。
アーサーのところに行けば、それなりに腕の立つ騎士達が居る。
たまには剣を取っての試合も悪くはないかもしれない。
ヴァーリはその潜在的な力をこの北欧で示すのは極力避けてきた。
この世界に解放されてその戒めは少しは緩んでもいたが、全力を解放して剣を振るうのはそれでも躊躇われたから。
古の世界での同族の神にさえ眉をひそめさせた……神殺しである己の力を、思い出させたくはなかったから。
その点、アーサーのところなら、全力で立ち合っても誰も何も言わない。
「行ってみるか」
そう決めて眼鏡を手に取り立ち上がろうとした時、書斎は異質な眩さで満ちた。
降るような黄金の光。
その中に、同じ黄金の眩さを纏った杯が浮かんでいた。
「これは!?」
北欧でよく使われる細い杯ではない。
水を張る器にも似た丸い杯。
「……ローエングリン?」
過去、その杯の導きによって出逢った騎士の名を、ヴァーリは呟いた。
途端に光が消える。
杯も消える。
と、同時にこのアースガルドの地全体を揺るがすような大気を裂く音が聞こえた。
書斎を飛び出したヴァーリは回廊から外を見回す。
割れたガラスのような空に七色の光が乱反射する。
……ビフロスト!
そこで何かが起きたことを確信したヴァーリは己の剣を取るべく剣を安置した地下室に駆け下りた。
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