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□夢か現か我が想い
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薄青い低い空。

滑るように自由に幾羽ものカモメが飛び回る、活気に溢れた港。

そこを今、巨大な船が滑り出した。

波を打つ櫂の音は軽快で、どこか、船の主である神の笑い声を思わせる。



「この船なら陸路を行くよりかなり早く着けるよ」



船の主が言った。

海の神、港の神、漁業の神。

いつ見てもそんなイメージとはかけ離れた穏やかな青年だ、と……ヴァーリは思う。



「ありがとう、ニョルズ」



「ははっ、いいんだよ、ヴァーリ。
お土産に好物のトリュフをあんなに貰っちゃったからね、船を出すことくらいわけないよ」



そう言って片目を瞑ってみせるニョルズ。

その柔らかい仕草は、相手の心から負担という感情を洗い流す。

その証拠に「あれは純粋に土産であって、恩に着せたいわけではない」と咄嗟に思ったヴァーリは口を噤んでいた。



船は緩やかな大河を遡る。

これだけ巨大な船が悠々と進むことが出来るのだから、この河も大きく深いものなのだろう。

河もだけれど河岸の景色も何時まで何処まで行っても変わらない。

背の高い草が生い茂る河岸と、広がる低地の向こうに霞む低い丘。

しばらく変わらない景色を眺めていたら、不意にニョルズの声がした。



「あの丘」



ニョルズが指差した方向で初めて、変わらない景色が変化を見せる。



「あの丘が河の近くまで張り出したように見える、その少し手前が、巨人族の里だよ」



なるほど、船の旅は早かった。

ニョルズの館から転移で港に跳び、そのままニョルズの厚意で船を出してもらったけれど、このあまりにも変わらない景色の陸路を移動していたならそれは確実に飽きる旅路だっただろう。



「君も大変だね。
フリッグ様直々の命令とはいえ、本来の仕事でもないのに」



内心でうんざりしかけたヴァーリの心を読んだのか、それとも、それに掛けた労りだったのか。

ニョルズの表情が心底曇っていることからすれば、それは後者だろう。



「フリッグではない。
あの……クソ親父だ!」



途端思い出した記憶に、ヴァーリの声は苛立っていた。



「え? でも、フリッグ様がこの地の巨人族の結婚式に降臨する、その準備で来たんだろう? ヴァーリ」



ニョルズは変わらない穏やかな声音で問いかけた。

その声に少しヴァーリの怒りが収まる。



「……フリッグが偶々その予定を伝えに来た時、私がオーディンのところに居た。
そのせいでオーディンに、お主行ってこい! と言われたんだ」


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