short

□HEEL
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いつもと変わらない朝。

ヴァーリ様に御挨拶することから一日が始まる……はずだった。



「ほぅ、熱心で勤勉、感心なことだ。
高得点のご褒美に私をあげよう」



そう、こんなふうに褒めていただいて……ん?

今、何か、酷く、とんでもない言葉を聞いた気がする。



「龍姫」



「……は、はい」



いつもよりももっと低い声で名前を呼ばれる。

動揺してよろけそうになるのをヴァーリ様が支えて下さった。

……否。

後退ってしまった距離を埋めるかのように、ヴァーリ様の手が、私の腕を掴み引き寄せた。



見上げれば……目の前には薄く感情の読めない微笑を浮かべるヴァーリ様。




「あ……あの……」



「聞こえなかったか?
龍姫、君に私をやると言ったんだ」



さっきの言葉が聞き間違いで無かったことを告げられて、身体が震える。



「何故、逃げる?」



「逃げてなんか……」



いません、と。

答えようとする唇を、ヴァーリ様の指がなぞった。

そのまま顎を持ち上げられて、それ以上の抵抗を許されなくなる。



「褒美が私では不服なのか?」



そんな訳……ない。

でも、こんなことってあるの?

ヴァーリ様の低くて甘い声に、意識は翻弄されてもう何も考えられない。



掴まれていた腕が放され、その代わりに腰を引き寄せられた。




「返事は?」



震えて崩折れそうになる脚。

それに気付いたのかヴァーリ様の長い脚が割って入った。

まるで縋りつくようにして、ヴァーリ様の身体に縫い止められる。



「これでは高得点はやれないな」



返事をしたくても唇さえ震える。

さっきまで顎にかけられていたヴァーリ様の指先が、促すように軽く頬を叩いた。



「返事は?」



わからない。

何て返事をしたらいいんだろう。

わからない。

何も考えられない。




「……ヴァー…リ…さ…ま……」



震える唇がやっと声に出来たのは、ただ、ヴァーリ様の御名前だけ。

ヴァーリ様の瞳がどこか酷薄な色を帯びたのさえ、ただ、見ていることしか出来なくて。



「そんなに私が欲しいか?」



可笑しそうに微笑うヴァーリ様。



「ならば、もっと私を教えてやろう」



……その日。

いつもと変わらないはずだった朝は、特別な一日の始まりに変わった。








BGM:KAMIJO
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