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□冬東京
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前世の記憶があるからといって安直に北欧文学なんてやるんじゃなかった。
ボクは何度そう思ったことだろう。
遠い過去……ボクは北欧の神だった。
もう遠すぎて忘れてしまいそうだけどね。
でも、鮮明に覚えていることもあるんだ。
それは、ボクが彼を好きだったこと。
彼は、誰よりも強くて苛烈で、でも弱くて脆かった。
そんな彼が誰かを愛する姿なんて想像も出来なかった。
そして彼は誰をも愛さなかった。
もし彼が誰かを愛するならば身を滅ぼすような愛に溺れるんじゃないかって気はしてたけど、その相手はボクでは無かったし、彼が誰も愛さないなら、ボクは永遠に彼を見守るだけでいられるだろう。
あの日までは……そう思っていたよ。
彼女は、ボクが初めて愛した人だった。
まったく新しい世界に投げ出されたボクの手を取ってくれた人間の女性。
一目で恋をした。
でも、その恋はすぐに終わった。
ボクと彼女の前に彼が現れてわかった。
まだ自分の想いを自覚さえしていないけど、彼は彼女を愛している。
そして彼女は最初から彼しか愛していない。
その時ボクは二重の失恋をしたんだ。
彼と……彼女に……。
だって、さ?
ボクの入り込む隙間なんて無いってわかっているのに。
ボクは彼を好きだったし。
ボクは彼女を好きになったし。
そんなボクにふたりを祝福する以外の何が出来るの?
そして、ボクの予感は現実になった。
彼は彼女を愛した。
何故そんな方法で愛さなきゃならないんだって言いたくなるくらい苛烈な愛情で。
彼は己が身を滅ぼしかけて、彼女は彼にズタズタにされながら。
それでも彼らは愛しあっていたよ。
他の誰にも踏み込むことはおろか理解さえ出来ない強さで。
ボクにはそれを見守ることしか出来なかった。
もう、遠い……遠すぎる過去の話だ。
なのに、さ。
皮肉だよね。
北欧文学なんてやるから。
この広い世界の狭い片隅でボクは彼に出会ってしまった。
ボクより2年遅れで博士課程を駆け上がって講師になった彼。
相変わらず堅物だった彼は、研究一途で、学生のあしらいも下手で、ボクはさんざん彼のフォローをするハメになった。
彼に前世の記憶は無かったけどね。
それでも毎日が可笑しいくらいにあの頃と同じだったよ。
そして、4年が過ぎた。
ボクのゼミに彼女が入ってきた。
ボクにはすぐ彼女がわかった。
ボクは彼女にまた恋をした。
でも、その恋はまたすぐに終わった。
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