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□大人な子供
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事の始まりは新年、私が何気なく言ったことからだった。



「お前も料理をするのか。
だとしたら、今度、食材を持ってきてやろう、とびきり新鮮なものをな。
礼などいらん……ああ、しかし、お前の手料理には興味がある。
一食分用意してくれる、というので手を打とう」



恵比寿に頼んだ取れたての海産物、それに朝穫りの茸類、香しい柑橘類と、山ほど用意してやれば、龍姫は顔を輝かせて喜んでいた。

それ以上に喜んだのは弁財天で、早速龍姫に……酒のつまみを作らせていた、が。

まあ、酒のつまみに罪は無い。

私も喜んで相伴に預かり、すっかり弁財天が潰れた頃に、約束の一食分を所望した。



「本当に、おうどんでいいんですか?」



「ああ、構わん。
馳走は酒のつまみで堪能したことだしな。
酒の締めには何かあっさりしたものが欲しくなるものだろう?」



「そうですね」と微笑んで、龍姫が手早く作り上げたのは、薄味の……だが海産物の出汁だけは豪勢に惜しみなく使って、柑橘の皮を散らした、香りよい逸品だった。



「美味いな」



「私、薄味のほうが好きなので、つい……お口に合えばいいんですけど」



本音を言えばあまり美味過ぎて言葉が少なくなっていたんだが、龍姫は気にしたのか小さな声で言った。



「大丈夫だ。
これは私も好きな味だ。
……材料を持って帰ってあの男にも振る舞ってやるがいい。
きっと喜ぶぞ?」



“あの男”のことを思い浮かべたのか、龍姫は途端に頬を染めた。



「くくっ……。
お前が“あの男”と言われて誰を思い浮かべたのか、その表情で一目瞭然だな。
私は、“ヴァーリ”とは一言も言っていないが?」



「……だ、大黒天様っ!」



龍姫が投げつけた盆をかわして、私は笑ったんだった。


それが、ほんのひと月ふた月前の事だったんだが……。

目の前で気落ちしている姿は、あの日私に盆を投げつけた女とは思えない。



「何があった?」



土産だという籠いっぱいの蜜柑色の茸を受け取ってやりながら聞くと、心細げな答が帰ってくる。



「大黒天様……。
ヴァーリ様に、おうどんを召し上がっていただいたんです」



続いた言葉は……さすがにあきれ果てて、この私ですら、口を挟むことの出来ない内容だった。



「ヴァーリ様は、器を覗き込んですぐに、『眼鏡が曇った!』と仰ったんです」



ああ、まあ、そういうことはあるだろう。

私と違ってあの男の眼鏡は存在感が有り過ぎる。



「次には、『こんな物は使えない』と仰るのでフォークを用意したのですが……」



フォーク……とは漁槍を小さくしたような物のことだな。

あの男は箸を使えなかったかな?



「そのあとは、器が熱くて持てないとか、スプーンを用意しても熱くて汁が飲めないと仰るんです」



……何だ、それは?

あの男は猫舌なのか?



そこまで聞いたところで急に目の前で黙り込まれた。



「それで……どうしたんだ?」



話の続きを促してやると、真っ赤な顔をして俯いた。



「あ……あの……。
『食べさせろ!』と仰られて……」



つまり、食べさせたのか?

それ程、恥ずかしがるということは。

それはまあ、いいが。

あの男が……。

あの男……が……。



「くっ……」



「大黒天様?」



「くっ……くっくくく……。
はっ……ははははは!」



駄目だ、笑いが止まらん。

あの不器用なくらい堅苦しい、厳格ぶった男が……。

そんな子供のように甘える姿など。



「は、はは……。
久しぶりに楽しい思いをさせてもらった。
だが、な?
その話は他でしないほうがいいぞ」



「もちろんです。
大黒天様にお話したのは、大黒天様のお勧めでしたことだったからです」



真摯な答が返ってきて安心した。



そういえば以前聞いたな。

あの男は産まれて一日にして成長して父神から託された役目を務めたのだと。

無邪気な幼子でいることが許されなかったあの男が、今少しばかり子供っぽい我が儘を振り回したところで、何も悪くはあるまい。



「お前もあの男にそう言われて悪い気はしないのだろう?
それとも、私に話しに来たのは、惚気か?」



「だ、大黒天様〜っ!」



また山ほどの食材を土産に持たせてやろう。

遠い北の異郷に住むお前が食べにくそうなものばかり選んでな、ヴァーリ。





→あとがき

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