short
□kiss in the dark
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透明な茎の先には鮮やかな赤い薔薇が咲いていた。
細い茎の先に花が咲いたような形の杯は、バビロニアから。
うっすらと甘い透明の酒はケルトから。
艶やかな赤い酒はギリシャから。
そして、何より欠かせない酒は……。
「やっとジンが出来たんです!」
「ジン?」
龍姫は嬉しそうに透明な液体の入ったボトルを抱えていた。
聞けば材料を揃えてエーギルに酒造りを頼んでいたのだと言う。
「トウモロコシかジャガイモの蒸留酒にハーブで香り付け……アクアビットと何が違う?」
造り方は我々がアクアビットと呼ぶ酒と変わりないようだった。
ただ、アクアビットには使わない特殊なスパイスを使うのだと言う。
「お味見していただけますか」
満面の笑みでそう言われて断ることが出来るだろうか、いや、否だ。
「君がそれほど飲みたかった酒だ。
いちばんに飲ませてもらえるのは光栄だな」
造ったエーギルは別としてだが。
それでも、龍姫が三種類の酒を混ぜて杯に注いでくれた……これは正真正銘、私がいちばんに飲むのだという。
蠱惑的な赤い酒。
手に入らない材料を世界中から集めて作り上げられた結実が、今このテーブルの上に咲く一杯の酒だった。
一口含んだだけで甘い香りに満たされる。
正直なところ混ぜ合わせる前のジンという酒がまるで消毒薬のようだっただけに、この甘い香りと味は意外だった。
「……美味い」
思わず漏らした言葉に、龍姫の笑顔が咲きほころんだ。
こういうのも悪くない。
無邪気に微笑む君の頬が染まるのを眺めながら酒を飲むのも。
……悪くない。
気付けばずいぶんと飲んでいた。
部屋中に充満する濃密な甘く気怠い香り。
テーブルの上の蝋燭の灯が揺らめいて、杯の中の赤い酒の影が踊る。
気付いて灯に手をのばそうとする龍姫。
咄嗟にその腕を掴んで止めた。
頬が染まる。
甘い酒よりも赤く、扇情的に。
腕を引き寄せると、その躯は容易く私の上に落ちてきた。
それは揺らめく赤い酒よりも甘く私を満たすもの。
「このままじゃ、灯、消えちゃいますから」
「いい」
掴んだままの腕を肩に廻させた。
酒のせいか普段より熱い腕が私を包み込む。
「……酔ってますね? ヴァーリ様」
そんなあきれたような口調までもが甘い香りに包まれる。
ああ。
この気分は極上の酩酊だ。
「ヴァーリ様……?」
「ああ……君に酔っている」
私にとって何より欠かせない酒に、溺れる。
やがて訪れた……甘い暗闇のなかで。
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