short

□夢の卵
1ページ/8ページ



目が覚めたら、ベッドの脇でレースのカーテンが揺れていた。



差し込む陽射し。

鳴り響くアラーム。

目覚まし用にセットしてある大好きなロック。

スマートフォンのアラームを止めて、重い頭を振った。

何かすっきりしない。

寝過ぎた? わけはないか、アラーム通りに起きたのだから。



昨夜……は。

あれ?

どうしてたっけ?

仕事帰りに友達と呑みにでも行ったっけ?

仕事帰り?

昨日……あれ? 昨日って、いつ?

エビデンスまとめたのは。

クライアントに。



待って。



私の仕事はSE。

毎日がドアロックの奥の部屋でディスプレイとにらめっこ。

週に何回かはクライアントと会って。



え……。



ドアロック?

違う! 重厚なドアを規則正しくノックしてた。



クライアント?

違う! 毎朝毎晩、訪れていた。



この記憶は、何?



目に入った壁一面の本棚。

辞書やマニアックな本の中で目を引いた背表紙。

『エッダ−古代北欧歌謡集』



エッダ。

エッダ……サガ……北欧……神……。





ヴァーリ様。





毎朝毎晩、訪れた。

解放してから。

重厚なドアを規則正しくノックすると、返ってくる答。

『入りたまえ』と。

『君は時間厳守だし、私室を訪れる許可は君にしか与えていないのだからノックは……いや、そういうところが君の好ましいところだな』

そう言って笑っていたのは。

『親父は礼儀も遠慮も無いからな。
何とかならないものか』

清冽な色の衣装を隙無く纏った長身。

『ヴィーザルがチャラチャラした格好をするのも親父の悪影響だとは思わないか?』

なめらかな銀糸の髪。

『君……も。
女神達から貰ったとはいえ、その服は露出が過ぎないか』

造り物めいて美しく整った硬質な容貌とアイスブルーの瞳。

『そうじゃない、似合っている。
だが……他の男には見せるな』

薄い唇から紡がれる低い声。

『龍姫、君が居ないと退屈だ。
ずっと……私の傍にいろ』



あれは、ヴァーリ様。

私はあの世界で封印された神々を助けていた、ナビィと。

私は、ヴァーリ様が好きで。

ヴァーリ様が大切で。

ヴァーリ様の傍に……ずっと……。



私は……。



どうしてあの世界から戻ってきてしまったの!?

どうして。



ヴァーリ様。

ヴァーリ様。

ヴァーリ様。



どうしたら……。



ヴァーリ様の傍に戻れるの?



.

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ