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□水に映った月
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静かな森。

静かな……静か過ぎて、もしかしたらこれは現実じゃないのかもと思う。



雪の森の、奥。

近付く者も無い湖。

波打ち際で靴を脱ぐ。

高いヒールから解放された踵を地に着ける。

爪先を濡らす氷のように冷たい湖水。



冷たい……。



ああ、そうか。

まだ、そんなことを感じる心が残っていたんだ。

私の心なんて、もう、すべて、あのかたに奪われてしまったと思っていたのに。



澄んだ空気。

だんだんと闇に包まれてゆく森。

空に輝く、遠い銀の光。

遥かな……手の届くことの無い、光。

まるで、あのかたのよう。



夜風がこの身の熱を奪う。

想いが風にのってあの遥か天空まで届くならいいのに。

それも叶わない。

想いは叶わない。


湖水に揺らめく、銀の映し身。

跪いて掌で抱きしめようとする。

でも、それは、指のあいだから零れ落ちて、けして私の手には残らない。

水面は揺らいで、銀の光が崩れ壊れてしまう。



触れることの出来ない。

触れれば壊れる。



あのかたに抱く私のこの想いのように。



暗い闇が心に忍び込む。

冷たい風が心をさらす。



さざ波立つ湖水の煌めき。

あのかたが翻す裾のように、私の瞳を惹きつけて離さない。



深い闇。

輝きを増した……冴え冴えとした……白銀の……光……美しく。

湖面を照らし出す。

まるであのかたがそこに立っているように。



導かれるように足を進めた。

素足に感じる湖底の石たち。

足首に絡み付く水草たち。

お願いだから、邪魔しないで。

膝にぶつかる湖水たち。

お願いだから、私をあのかたの元に。

……どうして。

どうして近付くほどに波立つ湖水にその輝きは失われてゆくの?

どうして……どこまで行けばあの光に辿り着くの?



美しい……輝き……白く……冷たく。



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