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□湖涙の鎖
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「……そうして、湖底に囚われた精霊が気の遠くなるような孤独のなかで零した吐息と涙はオーブに変わり、オーブをつなげた鎖が湖底から湖面に届いた時、精霊は許されて湖面に姿を現すんです」
「でも、さぁ?
その時に真実の愛を手に入れられなければ、またその精霊は湖底に囚われちゃうんでしょ?」
「うへぇ、俺だったらそんなツラいの耐えらんないな」
その日、ヴァーリの書斎では珍しいことが起きていた。
ヴァーリをからかって遊ぼうと押しかけたヘイムダルとヴィーザルが書斎のソファに座らされ。
しかも、龍姫からおとぎ話のような物語をされておとなしく聞いている。
かわいそうな精霊の物語を聞かされて、ヘイムダルもヴィーザルも同情めいた表情を浮かべている。
そうして静かになってしまった彼らに、龍姫は優しく微笑んだ。
「ええ……。
でも、私がその精霊だったら、どんなに辛くても湖涙の鎖をつなげることを諦めはしないと思います」
その言葉に目を見開いてみせる彼らにもう一度龍姫は微笑みを返したあと、その視線を移した。
そこには、今日は読みたい本があるからとヘイムダル達の相手を龍姫に押し付けたヴァーリの姿がある。
三対の瞳が己に向けられたことなど気にもならないのか、それほど書物に没頭しているのか、ヴァーリは身動ぎもしない。
「ここには、真実……私の大切なものが、ありますから」
視線が向けられなかろうとその言葉が無かろうと、龍姫にそれほどの決意をさせるのが誰なのかヘイムダルもヴィーザルもわかりきっていた。
だからこそ、ヴァーリがそれほど龍姫に想われていることに納得がいかない。
なにしろ相手は自分達の存在さえ放ったらかしで書物に没頭するような朴念仁なのだから。
ヘイムダルとヴィーザルは、ツッコミともブーイングともつかない大騒ぎを始めた。
「理不尽だ、キミ、間違ってるよ」とか。
「そんなだから兄貴がますますつけあがるんだぜ?」とか。
言いたい放題騒ぎたてるヘイムダルとヴィーザルの耳に、突然、机を叩きつける音が聞こえる。
振り返れば、いつの間にか書物から目を離していたヴァーリがこちらを見ていた。
「はんっ、くだらん!
そんなもの何十年もかけて作るのを待っていられるか。
長さが湖面に届かなかろうが、私が即刻引きずり上げてやる!」
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