セブンス ヘブン

□セブンス ヘブン 2
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誰もいない校舎の屋上で、どこまでも広がる快晴を見つめていた。耳に馴染んだ、屋上へと続く階段を登る軽やかな足音を待ちわびながら。朝からせっかくセットした前髪が、潮風で乱れるのも気にせずに。
そして俺は目を閉じる。すこしでも足音を聞き逃すまいと、神経を研ぎ澄ますように。
その瞬間に、タイミングをはかったように聞こえてきた足音。俺は口元に浮かんだだらしのない笑みをさっと消す。眠っているように体から力を抜いた。

「りょーすけっ!」

ドアの開く音とともに聞こえきた声音に、俺はさも今まで眠っていたかのようにゆっくりと目を開ける。

「ん〜?どうしたの?ちねん。」
「どうしたのじゃないよ。朝学校に来たらりょうすけいないんだもん。それでお昼休みになったからお昼一緒に食べようと思って迎えに来たんだよ。」

目を開くと、目の前には紛れもない天使の笑顔が俺の顔をのぞき込んでいた。そう、俺はこの天使に追いかけてきてほしくてこの屋上にやって来るのだ。
天使の名前は知念侑李。今年の春に東京からこの田舎の島へと転校してきた。知念はたまたま前の席だった俺をどうしてだか気に入ったらしく、こうして何かと気をかけて、俺が教室にいなければこの屋上へと俺を探しにやってくる。

「ちいちゃん俺と一緒にご飯食べたかったの?」
「ぼくが食べたかったからじゃないよ。りょうすけが寂しいかなって思っただけ。」

知念は寝転ぶ俺の横に腰を下ろし、持参した弁当を広げながらムッと拗ねたように口をとがらせた。彼の整った可愛らしい顔立ちにはそんな子どもじみた仕草がとても似合った。
俺は仰向けに寝そべっていた体を起こし彼の隣に座った。綺麗な仕草で弁当を口に運ぶ彼を横目でみていた。

「りょうすけはお昼食べたの?」
「ついさっきな。お前が来るの遅かったから。」
「てことは待っててくれたの?やっぱりぼくと食べたかったんじゃん。」

そう言いながらニヤニヤと俺を見つめる。

「りょうすけは寂しがりだから。本当はぼくが迎えに来るの待ってるんじゃない?」

フフンと得意げに話す顔は憎らしい気もするのに、少しも憎らしくなんかなかった。

「お前ほんとうにポジティブだな」
「事実を言ってるだけだよ」

半分以上残った弁当を片付けながら彼は言う。

「知念、食欲ないの?」
「んーあんまりね。まあ食べすぎるとりょうすけみたいに太っちゃうからね。」
「りょうすけみたいに太るは余計だろ。それより体調悪いの?」
「そんなんじゃないよ。平気。」

なんでもないみたいに話を終わらせて水筒に口をつける。知念の手元には大量の錠剤。

そう、彼はものすごく重い病を患っているのだ。

知念が転校してきた理由はそもそも療養のためだった。空気の悪い東京よりも、空気の良い海に囲まれたこの島で過ごすのが良いとされたからだという。

「ねぇ、りょうすけ」

知念のことを考えてたらいきなり話しかけられ俺はどきりとした。

「な、なに?」

なるべく動揺を悟られないように答える。

「花火のヒューって音あるじゃん」
「ん?花火?」

いきなりの話題に俺はさらに困惑する。

「あの音なんで鳴るか知ってる?」
「花火が打ち上がるときの空気抵抗とかなんかじゃねえの」
「ふっふっふっ!りょうすけはお馬鹿さんだね。全然ちがう!」

バカにしたように無邪気に知念は笑う。

「なんだよ。はいはいどうせ俺はバカだよ。で、なんなんだよ、あの音」
「んーどうしよっかなーおしえてあげよっかなーどうしよー」

そしてわざとらしく手を叩いて言った。

「今週の土曜!」
「土曜?」
「そう!花火大会があるの。ねぇ、つれてってよ。そしたら正解教えてあげる。」
「花火大会ぃ?」
「うん。ぼくいったことないの。ねぇ、つれてってよ。」

甘えるように上目遣いで俺を見つめて、俺の手の甲を爪でひっかく。そのどうしようもないくらい甘ったれた動作の可愛さに胸が跳ねる。

「あぁもうわかったよ!つれてってやるから。」
「やったー!りょうすけ大好き!花火大会なんて普通の高校生みたい!」

キャッキャッと嬉しそうにしてる姿は影りのない太陽みたいで。まるで病気のことなんて何一つ気にしてないようで。ぎゅっと胸が苦しくなって愛おしさが押し寄せる。

そう、俺は恋をしてしまったのだ。
彼のそんないじらしい姿に。

そして、できることなら俺にだけは見せてほしい。
嬉しいときの笑顔も、悲しいときの涙も、なにもかもすべてを。

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