Another
□人形遊び
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私は、こじんまりとした綺麗な家の前に立っていた。呼び鈴をならす前に一つ深呼吸をする。
「よし。」
そっと呟いて呼び鈴を鳴らした。
「はい。」
返ってきたのは柔らかな若い男性の声だった。
「すみません。今日からそちらで掃除婦として働く桜木というものなのですが。」
「ああ、桜木さんですね。今開けますね。」
程なくしてドアが開いた。私は驚いた。なぜなら現れた男性がとんでもなく美形だったからである。
「あの、あなた様が山田様でしょうか?」
「はい。そうです。今日からよろしくお願いします。」
彼はふんわりと微笑んだ。その笑顔は春の日差しのような柔らかさと、秋の夕暮れの物寂しさとを兼ね備えたものだった。
「玄関で話すのもなんだから、あがってください。」
「では、失礼いたします。」
彼のあとに続き家へと足を踏みいれた。促されるままリビングに入り、お茶をいただきながら、基本的な仕事の説明などを受けた。彼は今仕事が繁忙期らしく、仕方なく掃除婦として私を雇ったらしい。
「俺、結構キレイ好きなんで桜木さんよろしくお願いしますね。」
なんて茶目っ気たっぷりに言う彼は可愛らしい印象であった。さっき受けた物寂しい雰囲気はまるでなかった。説明が終わり、家の案内を受けることになった。
「案内するほど広くもないんですけどね」
私の一歩前を歩く彼が言う。
「いやいや。でも案内していただけるだけ本当に助かります。」
実際に私の元雇い主たちの中には、家の中の案内もろくすっぽしない人もいた。しかし、今回の彼は若い割に礼儀正しく、雇い主だからといって横柄に振る舞う感じもなかった。また彼は非常に話しやすく、彼と何気ない会話を交わすうちに最後の部屋にたどり着いていた。
最後の部屋のドアノブに彼が手をかけた。ゆっくりとドアを開けると、カーテンが開いていたらしく、ふわりと暖かな風が吹き抜けた。そして部屋の真ん中にはベットが置いてあり、人が横たわっていた。ベットの周りにはよくわからない機材がたくさんあり、横たわる人に繋がれていた。彼に続きベットに近付いた。そしてベットに横たわるその人の顔を覗き込むと、私はまたもや驚いた。その人も、非常に整った顔立ちをしていたからだ。黒髪のショートヘアで清楚な印象を受けた。
顔と肩しか布団から出ていないため男性か女性かどちらかはわからない。
「植物状態」
隣の彼がつぶやいた。
「こいつ、植物状態なんです。」
「えっ」
「驚きました?」
「いや、でも、正直少し…」
「俺のたった一人の家族なんです」
彼はまたもや暖かいのか寂しいのかわからない微笑みを浮かべた。私は彼にとってその人がすごく大切な人であるということはわかった。そして、この話題に関してはあまり言及しないほうがいいということもわかった。ただし、一つだけどうしても気になることがあった。
「あの、この方のお名前は何とおっしゃっるのですか?」
「名前?」
「あ、はい。主の大切なお方なら、差し支えなければお名前を聞いておきたいと思いまして。」
そんな風に聞きながら私はどうしても知りたかった。機械に繋がれながらも生きている、雇い主の大切な人だというその人の性別を。その人は睫毛が長く頬や唇はふっくらとしていて可愛らしい少女に見える。しかし髪は短く鼻筋はしっかりしており利発そうな少年にも見えた。
いきなり性別を聞くのは失礼に当たる気がして、私は名前から判断することにしたのだ。
「ゆうり」
「ゆうり様?」
「そう。こいつはゆうり。」
彼は微笑み、ゆうりという名のその人の頬を優しく撫でた。
私はなるほど、と思った。全くどちらの性別かわからないじゃないかと。
続く(?)
※このモブ女の桜木さんは30代後半の女性というイメージです。毎回毎回重いネタで今回も見事に重いネタです。