Another

□人形遊び4
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山田様の様子がおかしいと気付いたのは、私が山田様に掃除婦として雇われて2ヶ月程経ってからだった。例えば、ふらりといきなり倒れたり、食事の際に吐き気を催して席を立ったりと、そういったことだった。最初は、体調不良か何かと思っていたが、それは違うと私は勘付き始めていた。というのも、彼の部屋にある大量の睡眠薬の殻を見つけてしまったのだ。その副作用が、彼の体に起き始めていた。
彼の不眠の原因に私は心当たりがあった。それは、ゆうり様関連のことに違いなかった。ゆうり様は、性別不詳の麗人で、何らかの原因で植物状態になってしまったのだ。山田様は、植物状態になったゆうり様を機械に繋ぎ、無理やり生きながらえさせていることに深く罪の意識を持っているのだ。
そんな山田様は、毎朝9時半からゆうり様の部屋を訪れ、おはようの挨拶をし、他愛のない話をし、そしてキスをする。今朝も9時半から居間を出ていき、ゆうり様の部屋を訪ねていた。
彼はその行為をエゴまみれの人形遊びだと言っていたが、私はそうとは思えず、だからといって気の利いた言葉をかけることができるわけでもなく、毎朝ゆうり様の部屋に向かう山田様の背中を見送ることしかできずにいた。
いつもは大体、30分くらいで戻って来られるのだけれど、今日は一時間程経っても戻って来ない。あまり主人のプライベートに干渉するのは良くないとわかっているけれど、最近の不眠による異常のことなどもあり、さすがに私も心配になり気が付けばゆうり様の部屋の前に立っていた。そっと深呼吸をしてドアをノックした。

「山田様、いらっしゃるなら返事をなさってください」

部屋からは返事がない。私は、失礼します、と小声でつぶやきドアを開けた。相変わらず日当たりの良い部屋に、ゆうり様の命を繋ぐ機械があり、ゆうり様はベットに横たわっていた。そして、ふと目線を下に落とすと山田様が床に座りこんでいた。

「!?山田様!?どうなさったのですか!?」

山田様にかけより、彼の肩をゆすった。山田様の眉根がぎゅっと寄り、長いまつげに覆われた瞼がゆっくりと開いた。

「桜木、さん?」

「あまりにも山田様がゆうり様の部屋から戻って来られないので、様子を伺いに参りました。」

彼の足元には尋常じゃない量の睡眠薬の殻がある。

「すみません、桜木さんに迷惑、かけてしまいました」

秋の物寂しさを、たっぷり含んだ笑顔を彼は私に向けた。
私はある一つの可能性にたどり着いた。

「山田様、もしかして、自殺をお考えではないですよね?」

彼は曖昧に微笑むだけで。

「だめです。自殺なんて。」

「なぜ?」

「なぜって……」

「桜木さんにとって俺は他人でしょう?他人が自殺しようと何だろうと関係ないんじゃないの?」

山田様は相変わらず口元だけは笑っている。

「でも、たしかに私にとっては他人ですけど…。山田様がおなくなりになったら、ゆうり様はどうなるんですか?こんな機械に繋がれて、山田様のために目覚めるように頑張ってらっしゃるのに。もし、目が覚めて、山田様がおなくなりになっていたら、ゆうり様は、どうしたら、良いのですか……」

私は自分の視界が揺らいで行くのを感じていた。
山田様の顔を見ると彼も瞳いっぱいに涙を溜めていた。

「だから、だめです。自殺なんて。ゆうり様を残してそんなこと、だめです。」

「…ありがとうございます」

「えっ」

「俺、なんてことしようとしてたんだろ。これじゃあ、このまま俺が死んでたら、まるでロミオとジュリエットみたいだ。」

彼は嗚咽を漏らしながら、必死で言葉を紡いだ。

「俺、レオナルド・ディカプリオが好きで、ゆうりと昔、ロミオとジュリエットの映画を見たんです。俺は感動してボロボロ泣いちゃって。でもあいつは、“二人で幸せにもならないのに何が名作なんだ”って文句言ってて。あいつの言うとおりですよね。二人で幸せにならなきゃ意味ないのに。」

それから彼は、私に下手くそに笑ってみせた。

そしてその日から、山田様の睡眠薬の量は少しずつ減っていった。
たまに、山田様の書斎をこっそりのぞくと、うたた寝していることもある。そのくらいに、彼の精神状態は落ち着いていた。
そして私は一人で願う。
ゆうり様が、どうか早く目を覚ましますように、と。
書斎でうたた寝する山田様の肩に、ブランケットをかけるのは、きっと私よりゆうり様のほうがふさわしい。

※桜木さんは40代くらいの綺麗な人がいいなぁと思ってます。若い頃に妊娠したものの、周囲の反対にあい、結局産めなかった過去があります。その後は結婚はせず、一人で生きてきたというイメージです。



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