短編

□影を重ねる (紫伯)
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邸の長い廊下を歩いていた。

中華の邸。まるで中国ドラマのセットを見ているのかもと思う程のそれは、かれこれ私がこの時代に来てからずっと思うことだった。…平成の世に生きていれば、当然だと思うけれど…。

以前だったら、長い廊下には大抵私一人分の足音だけだった。

スタスタと、この時代特有と言うべきか、厚みのない靴の寂しい音が響く。
けれども、最近になって、その一人分の足音に、もう一人分の足音が加わったのである。

それは、底の薄い靴ではなく、少し重みのある音。

カシャリカシャリ

鎧の音。
私が動けば動く、止まれば当然止まる。

私に伴って動くその存在は、子供のように可愛くもあるが、これもある日の出来事以来、毎日続く。

…何これどうしよう。


自分の後ろに美丈夫が居る。この美丈夫がアヒルの親子の様にどこへでもついてくる。


「…あのー、どうしてついてくるんですか…?」


「…お前が居るからだろう」


「え、いや、あの…」

聞けばストレートにきゅんとしそうなセリフが返ってくる。
紫伯の方は、当然と言わんばかりのいつも通りの表情。
聞きたいのはそうじゃない。

密かに赤くなってしまった顔で、困ったように言う。

「紫伯さん、私は……私は貴方の想う、あの方ではないんです。」


「……」

…空気が鋭くなる。


一度、聞いたことがあるのだ。


美丈夫…紫伯は、最愛の人を失った。
敵とただひたすらに戦い生きる紫伯にとって、世界の色は白と黒だけ。
その世界に光を灯した、唯一の存在がいた。
…それが、妹の季歌。

そんな存在を命ごと奪われ、怒り、悲しみ、憎しみ、…再び紫伯の世界をモノクロに染めた。

「っ…。ご、ごめんなさい…」

言っては、いけないことだった。
ぎらぎらとした殺意が突き刺さる。


「…わかっている。お前は……お前だ。」


一歩、彼は近づき、距離を詰めた。
そっと腕が伸ばされ、彼の手が私の首筋を通って、頬に向かう。

「…っ、紫伯、さん…!」

私は、一歩後ずさる。

「…お前は、俺の…」

彼の視線は真っ直ぐに刺さり、訴えかける。

私は思わず震えた。

「ち、ちが…」


"違う"、"そうじゃない"訴えようとしても口が思うように動かない。

「全てだ。」



彼は、姿を重ねている。私は彼の大切なあの人でも、その代わりでもない。
私は私。

「お前がいれば、それでいい。」


それは、私に言ってはいけないでしょう?

・・・

「ほぅ…噂には聞いていたが、本当に紫伯に気にいられたようだな。」

廊下をいつもの様に歩いていると、霊凰から声がかかった。

「…なんと言いますか…どうにか、なりませんか?」

「無理だな。」


話をしている間にも、後ろに立っている紫伯からの視線が突き刺さる。
ガックリと肩を落とし、ダメだと悟った。


「ああ、そうであった。紫伯、近々秦との戦いが起きる。」

「そうか。」

「くれぐれも討ち取られぬようにしておけ。では、私はこれから行く所がある、名無しさん仲良くな。」


ニヤリと笑みを浮かべ、要件を伝えた霊凰は立ち去った。

「……戦。」

「…どうした。」

そっと呟いた言葉を聞かれていた。

「あ、その…。戦いは、犠牲が多いので、
終わってほしいな、と。」

戦は、悲しみを生む。

「…」

「………?」

ふと、静寂が訪れた。しかし、突然背後から全身を包まれるような感覚が襲う。

「…俺は、負けぬ。お前が望むなら、俺が戦を終わらせる。」

「…それは、難しいですよ。あはは、ごめんなさい、あんな事を言ってしまって。」

彼は、こういう人間だ。もう失わないよう、動こうとするんだ。


…頭の隅に言い知れぬ"何かの予感"がある。今は、忘れよう。
彼の、私を包む腕を今日は振り払うことはしなかった。



・・・


月日が流れ、そして、一つの知らせが入る。


"紫伯と霊凰が死んだ"と。


…以前感じた予感とは、きっとこの事だったのかもしれない。

彼は…紫伯は最期、気づいたのだろうか…
私が彼女と違うことを。彼女の影を私に重ねていた事を。



胸に走った痛みに、気づかないふりをした。
視界が少し霞む。けれど、きっと目に何か入っただけだ。



→あとがき
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