短編

□これも策(霊凰)
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「えっと、奇襲攻撃とかですかね。相手はこの地をあまり知らないですし、気を張った状態で何日か過ごさせて、弱りかけた所に奇襲をかければ……あー、甘いですかね…」

「…ふっ。名無しさん、戦は犠牲が多くて嫌だと前に零していた割には、奇襲という考えを持っているのだな。」

「あ、え、すみません…盤上の事だという認識だったので…」


この、中華統一が成される前の時代。ずっと先の時代に生きる私が、そこに飛ばされた。今では魏国の邸で生活するようになり、その中でそこそこの頻度で開かれる霊凰のマンツーマン授業に参加する生徒のような存在に収まっている。

「…仮に、私がお前のこの策を使って戦をすれば、盤上の事では無くなる。」

しかし、この霊凰という人物がわからない。策というものを私に学ばせるが、よくこういった事を言って私を苦しませる。

「…霊凰様、なぜ私に兵法を学ばせるんですか?」

常々疑問に思っている。どうして私なのか、と。弟子である呉鳳明にさらなる策を授ければいいのに。

「ふむ、何故か。…何故だろうな。別に何でも良いだろう。」

そう言うと、フッと笑って私の肩に手を置いた。
特に意味はない、という事だろうか。
…解せぬ。

不満を心で零しながら、盤上を見つめると、
外から声がかかった。

「霊凰様、夜分遅くにすみません。先の戦について少しお話が。入ります。」

「ああ、鳳明。私も言おうと思っていた事がある。」

呉鳳明が部屋に入る。
その途中、中にいた私にチラリと目を向け、すぐに逸した。

「えっと、じゃあ霊凰様、私はこれで。」

きっと大事な話をするんだろうと思い、荷物を纏めて椅子から立ち上がり、部屋を出ようとした。
しかし、霊凰の手がガシッと私の腕を掴み、椅子に引き戻す。

「まあ、待て。遅いから私が部屋まで送る。すぐに終わるだろうから座っていなさい。」

「大丈夫です、一人で戻れますから…ひっ、いえ、わかりました。」

一人で戻れるという意思表示をしたら、ゾッとするような凍てつく目でこちらを見つめたので、結局従った。




−−それから少し時間が経ち、話が終わった呉鳳明は、踵を返し部屋を出ようとする。

…途中私の方を見て言った。

「霊凰様には気をつけろ。」

「え、はい。…え?」

−果たして怒らせるなという意味合いなのか。

「鳳明の奴め、余計な事を言いおって。」

聞こえていたのか、霊凰は少し不満顔だった。しかし、少しして表情を直し、私の方を向いた。

「では、約束通り部屋まで送ろう。」

「…お願いします。」

今度こそ荷物を纏めて部屋を出る。


「…名無しさん、鳳明の言ったことは気にするな。」

部屋を出て少し、唐突に先程の呉鳳明の言葉について言った。

「は、はあ、わかりました。……あ、霊凰様。最近授業が夜になってますが、忙しいならしばらく無しでもいいんですよ?」

最初は朝や昼間に授業があったのが、ここ最近夜に行うことが多くなった。忙しいんじゃないかと心配なのだ。

「いや、問題ない。別に暇というわけでも無いが、これを無くす程多忙ではない。それに、他にも理由がある。言わないが、まあ、お前が気にすることではない。」

他の理由とはいったい?とは思うものの、怖くて聞けないので黙っておく。

「そうですか。ですが、無理はしないで下さいよ?あ、着きましたね。」

霊凰の部屋からあまり遠くはない私の部屋は、話していると意外に早く着いた。

「霊凰様、ありがとうございました。」

ペコリと頭を下げる。

「どうということはない。なるべく早く寝る事だ。」

そう言って少し目を細めて笑うと、頭をそっと撫でてきた。

「…子どもではないのですが。」

少し不満げに言えば、何を思ったのか、霊凰の手が後頭部にまわる。

「ちょ、霊凰様、なっ…!」

突然霊凰の顔が目前まで迫ってきた。
反射的に目を閉じると、"ふにっ"と額に柔らかな感触が。

「…っ!っ!」

「知っている。」

感触がなくなり、目を開けば霊凰がニヤリと笑っていた。


…ああ、顔が、茹で上がったように暑い。

私は恥ずかしさで、再びお礼を言い、別れを告げて部屋に入った。

扉の向こうでくつくつと笑う声が聞こえる。
全く持って心臓に悪い。




一方、部屋まで送る役目を果たした霊凰は、

「…夜に部屋へ呼べば、噂の一つや二つ、たつであろう。」


自室へ戻りながら、夜に授業を行う理由を一人零していた。


その言葉は、誰にも聞こえることはない。
…言った本人以外には。




→あとがき
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