電脳コイル

□これからも
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夏休み。やっと始まり喜んでいたのも束の間
。自由研究の題材に悩み、図書館に行くことにした。電脳メガネがあるのに図書館に行ってまで探したほうがよいのかは分からないが、行ってみれば何か収穫があるかもしれないと思い外に出る。
外は暑く、早くもエアコンが恋しくなるが仕方がない。今は母も居ないので車で送ってもらうこともできない。昼下がりの中、照りつける太陽と格闘しながら道を急いだ。
「暑いわ−………」
口にでも出さないとやってられないくらい暑い。
こんな時にサッチーなんて赤いものみたらもっと暑くなるかもしれない。そんなことを考えていると、私の影がより大きな影に覆い尽くされた。
何やら丸みを帯びている。先ほど考えていたメガネ使いの天敵にそっくりだと思いながら振り向いた。


いたのだ。
タラコのような赤いボディーに奇妙な3本指の手。そして工事中の看板に描かれていそうな顔。
「ボクサッチー。ヨロシクネ。」
「でたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
お年玉2年分払うのなんてゴメンだ。
バレたら母にどんなお叱りを受けるかわかったもんじゃない。とっさにレンガ壁を出して逃げた。
「ハァ、ハァ………最悪……」
後ろで破壊光線のような音が聞こえるが振り返るわけにはいかない。近くの神社へ走る。
息切れが激しい。体力のあるフミエちゃんやダイチが羨ましい。後ろからキュウちゃんがやってくる。
「来るなぁぁぁぁぁぁ!!!」
こんな恐ろしい破壊兵器を導入した郵政局を恨む。



ヘトヘトになりながらも神社の裏にたどり着く。
入った途端足から力が抜けてへたり込む。
「ゼェ……ゼェ……はぁ−………」
サッチーは離れていったようだ。
とりあえずどこか座りたい。この神社にベンチがあったのを思い出し歩き出すと男の子を見つけた。見覚えのある人だ。しかし泣きじゃくっているのを見て立ち尽くしてしまった。
「研一君………」

私のクラスメイト。原川研一。いつも無表情で電脳メガネを使って何かしている。コイル探偵局5番。メガばあの依頼でよく組んでいるからそれなりには彼のことを知っている。表情にほとんど変化が無い彼のこんな姿は初めて見る。
無意識に彼の近くまで歩いていた。そこまで行った所で研一君はわたしに気づいた。
「……っ!…名無しさん……」
「研一君……。大丈夫?」
「…………」
研一君は何も言わない。触れられたくないことなんだろうか。
「ごめん…。言いたくないことだった?」
「………………」
研一君は顔を俯かせて動かない。
私はその原因をなんとなく分かってしまった。
葦原カンナ。研一君の幼なじみのことだ。
一年前に交通事故で亡くなってしまった。
研一君はその事故の前日に彼女と喧嘩別れをしている。その事をずっと悔やんでいるのだ。
現に今、研一君の見ている電子パネルの内容が見えてしまった。
「研一君。そのメールってカンナちゃんの?」
「えっ……うん……。」
「その…あまり溜め込み過ぎないでね…。私が口出しできることじゃないけど、研一君に無理してほしくないの。」
「……うん…。ありがとう、名無しさん。」
そう言っても研一君の涙は止まらず流れ続ける。
それを必死に隠そうとする研一君がとても痛々しかった。まるでカンナちゃんのことで負った傷も隠そうとしているようだった。私は見ないように後ろを向いた。これくらいしかできないと思ったからだ。
私には研一君を元気にする方法が分からない。
この状況で何ができるというのだろう。
励ます?手を繋ぐ?抱きしめてみる?
どれもこれもカンナちゃんがしてきたことなんじゃないんだろうか。私がその役をしたい。しかし今まではカンナちゃんがいたから無理だと思っていた。だってあの2人はいつもお似合いだったから。あの2人に割り込める気がしなかった。今もそうだ。研一君は今でもきっとカンナちゃんのことを思っているのだろう。あのメールを見て自分を責めて。いつもカンナちゃんのことばかりを考えて。
あぁ、こんな状況でカンナちゃんのことを心底羨ましいと思った。
だって彼女は死んだ後も彼の心に深く残り続けるのだから。
きっとこれからも彼の心を締め付けて離さないのだろうか。
 

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