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□冬薔薇〈ふゆそうび〉
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 執務室にほど近い縁側の一角で午前の内番と昼餉を終えた日本号は、1人雪の積もった寒空に咲く冬薔薇を肴に1杯引っかけていた。


「雪見酒ですか?」


 ちょうど猪口をくいっと傾けて唇を湿らせたところに別で昼餉を終えた審神者がやってきた。


 大広間と執務室を行き来するためにここを通るのは必須。彼女が必ずここを通ると分かっていての場所取りだ。特段用事があるわけではないが、彼女の酌で飲む酒は纏う穏やかな雰囲気も相まって格別に美味いのだ。 


 積もりましたね、と当たり前のように隣に腰掛けた審神者は深紫の羽織の袖から指先を出して両手にはぁと温かい息を吹きかけた。


「赤い薔薇から落ちる雪が綺麗でな」


 朝方まで降り積もり薔薇の紅と葉の緑を覆い隠した真っ白な雪は、昼の太陽の光を受けてとさりとさりと少しずつ薄紅と緑を露わにしていく。

 
「趣深いですね」

「まるでアンタを見てる様だ」

「私?」


 くいっと煽って空けた猪口を見た審神者は少し冷めた熱燗の徳利を手にして首を傾げた。ふわりと温かい米の香りが鼻をくすぐる。あ、温かい。と寒さで引き締まっていた顔を綻ばせて審神者が小さく声をこぼして日本号のお猪口に熱燗を注ぐ。


「白を纏って凛と穏やかに佇んでいる様に見えるが、我が強くて愛情深い。上品に香る弱く脆い花を棘で守る様もアンタと似てる。」

「私にはもったいない褒め言葉ね」

「正三位の女なんだ、それなりの自信は持ってもいいんじゃないか?」


 審神者は少々自分を卑下するところがある。もちろん俺や他の刀への敬意を表すためでもあるが、自己評価が低いのがうちの審神者だ。特に容姿を褒めるとそれが顕著に現れる。まあ、この審神者のことだ、照れ隠しもあるのだろう。


 そっと審神者の腰に腕を回して引き寄せると、ぴくりと反応したがそのままそっと俺の肩に頭を凭れた。


「全く自信がないわけじゃないの。ただ慢心はしたくないだけ。」

「そう言うアンタだから褒めて落としたくなるのさ」

「これ以上どうする気?」

「たじろぐアンタを肴にするのも悪くない」

「意地悪ね」







 










オマケ


「そういえばさっき、広間で短刀たちが午後に雪合戦をするって言ってたの」

「へぇ。これだけ積もってりゃ楽しいだろうな」

「二組に組み分けをして、短刀以外の男士達も誘うって言ってたわ」

「そいつは盛り上がりそうだ」

「日本号さんのところにもお誘いが来るかもしれないわね」


ふふっと審神者が楽しそうに笑った。


「さぁてね。昼から呑んでるでかい槍を短刀のチビ達が誘うかね?」

「今のうちの本丸では五虎退と小夜の次に速い私の自慢の大身槍だもの。きっと来るわ」


ほら。と審神者が二人から少し離れた縁側の先に視線をやった。角の部屋の柱に隠れるように五虎退と平野藤四郎がこちらの様子を窺っている。

審神者に視線を戻すと、彼女は短刀達に向かって笑顔を向けて手招きした。









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