短編小説

□花散る小さき子
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むかしむかしあるところに、お殿様が住んでいました。

生まれたときから大きなお城に住んで、なに不自由ないくらしをしていました。


あるときお殿様は、山奥に狩りをしに出かけました。

ところが途中、道に迷ってしまいました。

こまってこまって、ひたすらに歩き続けていると、あたり一面白い花に覆われた花畑へとたどりつきました。


なんて美しいところなんだろう。


お殿様は夢見心地です。


ふと、白い花畑の中に、小さな娘がいるのを見つけました。

その娘のなんと美しいことでしょう。

まわりにある美しい花々もかすんでしまうほど愛らしい姿をしていました。


お殿様は、一目でこの娘のことが好きになりました。

お殿様は娘に声をかけました。


――娘さん娘さん、こんなところで何をしているのですか。


しかし娘は何もしゃべりません。

ただ首をかしげ、お殿様を見上げるばかりでした。


――娘さん娘さん、わたしのお城に来てくれませんか。


しかし、娘は首をかしげたまま、お殿様を見上げるだけでした。


もしこの娘が笑ったならば、どんなに美しいだろう。
声を立てて笑ったならば、どんなに美しかろう。


お殿様は娘の手をひいて、お城へ連れて帰りました。

お殿様は娘のためにありとあらゆる美しい宝石、着物を用意しました。

けれど、娘はいっこうに笑ってくれません。


ありとあらゆるおいしいごちそうを用意しました。

けれど娘は笑いません。


国中から、上も下も問わず、人を招きよせました。

彼らがどれだけ娘を笑わせようとするも、娘は笑いません。



どうすればこの娘は笑ってくれるのだろう。
お殿様は悩んで悩んで、ありとあらゆる手を尽くしました。

けれど、どれも無意味なものでした。



あるとき、娘はぽろぽろと涙を流しました。


――娘さん娘さん、なにが悲しいのですか。


娘の涙は止まりません。


――娘さん娘さん、どうか笑ってください。わたしはあなたの笑った顔が見たいのです。


そこで娘ははじめて口をひらきました。


――お殿様、わたしは綺麗な宝石も、着物も、おいしいごちそうもなにもいりません。
ただあの白い花畑で暮らせればそれで幸せだったのです。


そう言って、ぽろぽろと涙を流し続けました。

そして、茶色く枯れ果てた白い花だけを残して消えてしまいました。


そこでお殿様ははじめて自分の犯した過ちに気がつきました。


――娘さん、娘さん。


お殿様はぼろぼろと大粒の涙をこぼしました。

呼んでも、返事はありません。


いつまでもいつまでも、涙だけが降り積もっていきます。


お殿様は茶色く枯れた花を手のひらに包むと、あの白い花畑へと向かいました。





遠い昔に聞いたお話。

名前も、誰から聞いたかもおぼえていない昔の記憶。
 

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