Short

□何処へ行こうか
1ページ/1ページ



ざわざわとする音でハッとした。
渋谷のスクランブル交差点に立っているような感覚。
人が絶え間なく行き交い音を発する。
自分もその内の一人なら何も思わなかったのかもしれないが、私は何故かその中心に立っているだけなのだ。


これは夢か?
足を動かそうにも動かないし、声を出そうにも出ないし、誰も私に気付かない。
眠った記憶はないけどきっとそうなんだ。


信号が青から赤になる。
騒がしかった交差点は一旦静かになり今度は車が音を発する。
それでも私は動けないまま交差点の真ん中に立ち尽くしている。
クラクションすら鳴らされないのは私が見えない証明だ。だから車が此方に来ていたって関係ない。

さっきと同様にぶつかることもないのだろうと思い車をじっと見ていると、あと少しで前方から来る車が私を通り過ぎようとしていた。
当たらないと分かっていても少し恐怖はある。
それでも動かない体は逃げることも出来ずじっとその時を待つだけだった。

しかし何故か車とは別方向から衝撃がやってきた。しかもかなり大きな衝撃だ。
え、何事?誰もぶつからなかったのに何で衝撃なんて受けるの?

自分が思っていたことと真逆な事象に混乱していると、衝撃を与えた正体が「いってぇ…」と声を上げた。
どうやらぶつかったのは人のようで、私はその人物に何故か脇道で抱えられている。吹っ飛ばされた時の地面への衝撃はこの人が全て受け止めてくれたようだ。

でも何で?突然見えるようになったとか?
恐らく助けてくれたのであろう人物を確かめるために見上げてみると、目は閉じられていて分からなかったが目元にある黒子と黒髪、赤のスタジャンに首元には赤のヘッドフォンがかけてある。
…いやいや、そんなはずはない。
コスプレにしては完成度高すぎるし。





「……っ何やってんだアンタ!」

「っ!?」

「もう少しで死ぬとこだったじゃねぇか!」




声もそっくりとか何で?
怒鳴られているのに全く別のことを考えている私に山田一郎擬きは文句というか説教というか、とにかく自殺は止めろ的なことを説いている。
あ、そっか。今死にかけてたんだ。

良く分からないけど突然交差点の真ん中に立って、突然誰かに認識して貰えるようになって、死にかけたら山田一郎擬きに助けられるなんてどんな夢だよ。
やけにリアルな感触や衝撃にまさか現実?と錯覚しそうになったが、山田一郎擬きが登場したことでこれは夢だと確信した。
いつ寝たんだ私は。



それから呆然として何も答えない私(ただ山田一郎擬きをガン見)に対して山田一郎擬きは「アンタ、分かってんのか?」と少し不安そうに尋ねたので小さく頷いておいた。
しかし、それが理解して頷いているわけではないと気付いたのか山田一郎擬きは「アンタなぁ」と呆れていた。そして「とりあえず、何であんな所に立ってたんだよ」と交差点の真ん中に立っていた理由を聞かれた。…知らない。




「気付いたら?あそこに居た?的な?」

「はあ?」

「いや、目が覚めたら突然あんな所に立ってたから理由は分からない…です?」

「何だそりゃ…」

「何でしょう」




夢に理由を求めても仕方ないよ、と言わずに首を傾げると山田一郎擬きは「アンタは何モンだよ」と私とは逆方向に首を傾げた。
多分普通の人間です。


この後、家に帰れと言われたが「場所が分からん」と答えると再び「アンタ何モンだよ」と言われたので今度こそ普通の人間ですと答えた。
そして、結局行く宛のない私を連れ帰った山田一郎擬きは家で待つ兄弟について説明してくれて(それも二郎と三郎らしい)家に着くなり私の説明を簡単にして弟二人、これもまた完成度高いコスプレに「それって二次元でよくあるトリップじゃない?」と言われて目を輝かせた。
なるほど、それなら納得。




「……ん?じゃあ帰るにはどうすれば?」

「臨死体験とか聞きますよね」

「多分しぬ」

「じゃあ階段から落ちてみるとか?」

「それなら…怪我位かな?」

「ゆっくり考えれば良いだろ。とにかく、トリップならアンタは何処の誰か詳しく教えてくれよ!」

「…明るいね」




このとんでも話をすんなりと受け止めて楽しそうにしている彼らは大物だ。
でも、彼らが知りたいように私も彼らを知りたい。本当に君達はあの山田さんですか?


_
次の章へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ