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□その二択はないと思います。
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今日は気温と湿度が高くて体が怠い。
少し外を歩くだけで汗は吹き出るし化粧はすぐ崩れるし最悪だ。
待ち合わせまでまだ時間があるし、何処か入って飲み物でも飲もう。

いつもなら早く着いたら駅前をうろうろしたりするが、そんな元気もないので近くにあったカフェへと入った。途端に涼しい風が吹いて少しだけホッとする。
時間的に微妙だからか店内はそこまで混んでおらず、一人席の端っこが空いていた。
ラッキーと思ってそこに鞄を置いてから注文をしに行くと、新作が先日出たのか店内の目立つところにはカラフルなポスターが貼ってあった。
こういうのって好きな物じゃなくても何故か気になるんだよね。

まあそんなに来ないしせっかくだから、と新作を頼んで席に戻ると注文前には居なかったお隣さんが居た。
他にも席は空いているが、端に近いからきっと座ったのだろう。

長居する気はないので気にせず席に戻ると、お隣さんは私の持っていたドリンクをじっと見つめた。
何だろう?美味しそうに見えてるのかな?
新作だし気になってるのかな?と思いながらテーブルに置いてスマホを取り出し友達から連絡が来ていないか確めた。

あ、どうやら遅れるみたいだ。
じゃあお店に入ったの正解だったかな、と思い返事を送るとお隣さんが「ほう」と呟いた。
…ん?何だろう?
気になってチラリと見ると、ガッツリこっちを向いているお隣さんと目が合った。
何で!?こっち向いてるの!?

ばっと前を向いてお隣さんから目を反らしてドリンクを見つめるが、隣からの視線は消えない。何で!?
何か気になることでもしちゃったかな?と不安になってビクビクしていると、お隣さんは「あそこのカップル」と綺麗な声で呟いた。
あそこのカップル?何処?
とりあえず前しか向けないので窓の外に目を向けると、確かに店の近くにカップルが居た。あれか?




「あの男、彼女に対して隠し事があり今日は打ち明けようとプランを練ったが彼女はその全てを知っていて打ち明けることを阻止している」

「……え?」

「それと、あっちの親子。娘は両親と血が繋がっておらず人知れず悩んでいる」

「……え!?」




すらすらと出てくる言葉は目の前を行き交う人達の知るはずのない背景。
何故お隣さんはこんなにも流暢に彼らの背景を語るのだろう?とキョトンとしていると、お隣さんはクスリと笑って「小生の隣に座るのは新しいもの好きな女性で、それは物だけではなく人も新しいものを好む」と語った。

……ちょっと待て。隣に座る女性って私のことか!
全く見当違いなことを言ったので慌てて「違いますよ!」と言うとお隣さんは「ま、全て嘘ですよ」と笑った。
何だコイツ!

でたらめにムッとして、ニヤニヤするお隣さんから顔を背けて頼んだ新作を勢い良く飲むと「そっちは小生の頼んだ物ですよ」と言われたので「え!?」と再び彼の方を向いた。
そしてニヤニヤする彼と目が合う。




「ま、嘘ですけど」

「…何なんですか、貴方」

「小生はしがない空想家。こうして人を観察してはその人の背景を想像する者です」

「……嘘ですね」

「おや、どうしてそう思われるんですか?」

「そんな職業ないですもん」

「それは貴方が知らないだけでは?貴方の知らない世界は沢山あるでしょう?」

「…まあ、確かに。じゃあ本当に空想家なんですか?」

「いいえ、嘘ですよ」

「何だコイツ!」




意味が分からん!とつい思ったまま口にするとクスクス笑ったお隣さんは「じゃあついでに」と私を見つめて更に良く分からないことを口にした。





「小生と連絡先を交換するかここでキスするかどっちか選ばないといけないとしたらどっちにします?」

「…どっちもないです」

「じゃあキスで」

「おい嘘つき人の話を聞け」




頬杖をついて私を見つめるお隣さんはとんでもなく頭がぶっ飛んでいるらしい。
こんなことならいつも通りうろうろしていれば良かった。








からかって遊んでいるつもりの夢野先生。
新作を写真を撮るでもなくただ喉を潤すために買った彼女に興味津々。
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