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□きみがいい
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夜だと言うのに、渋谷の街は時間の感覚など無いに等しく賑わっている。
昼間と変わらず人が行き交うし、交通量だって変わらない。ただ、空が暗くなって太陽の代わりに人工的な明かりが照らしているだけ。
そんないつまでも騒がしい渋谷駅前はどうにも苦手だ。
人は多いし、待ち合わせには最悪のシチュエーション。
何故こんな場所を指定してきたのか、息を切らせてやって来た目の前の人物に問いたいが先ずは文句を言おう。
「一体、何時間遅刻してるの?」
「悪かったって!スゲェ勝ってて止まらなかったんだよ!」
「……はぁ。それで次の賭場に出掛けて折角稼いだ全てを使い果たしたわけ?」
「うっ!…よく分かってんじゃねぇか」
「毎回そうなんだから嫌でも分かるよ。少しは学習しなさい、帝統」
待ち合わせは有名な銅像前に18時。
しかし、待てど暮らせど待ち人である帝統は来なかった。連絡しても繋がらないし、メッセージアプリは既読にならない。
普通ならこれだけ連絡が取れず待ち合わせに遅れたら事故?大丈夫かな?と心配するが、彼の場合は先ず「あ、勝ってるから手が離せないのね」とギャンブル中心に考える。
それが分かっているから10分待っても現れなければ私は早々にその場所を離れた。
そして待ち合わせ場所を見下ろせる近くのカフェでお茶をしながら好きなことをして時間を潰し、待つこと2時間。
案の定、パチンコで大勝していた帝統は私の連絡に気付かず勝ったお金を更に増やそうと大きな金額が動く賭場へと向かい大負けした。
そこでやっと連絡に気付き、約束していたことを思い出した帝統は一応急いで待ち合わせ場所へとやって来たのだ。
「何か言うことは?」
「次は負けねぇ」
「そうじゃないでしょ。…もう、お腹空いたから何処か食べに行こう」
「俺手持ちねぇから奢ってくれ!」
「はいはい」
呆れながらも奢ることを了承すると嬉しそうにしながらさらりと肩を組んだ帝統。
自分の都合の良い時だけ呼び出し好き勝手振る舞うこの子は、きっと私のことを良い金蔓だと思っているに違いない。まあ、それでも良いけど。
肉が食べたいと言った帝統の要望に応えて焼肉店へと入ると、すぐに席へ通された。
週の真ん中の平日だ。そこまで混まないのか店内はそこそこの賑わいで外よりも静かに思える。
「先に飲み物注文しちゃおうか、どれが良い?」
「なあハル」
「なに?」
「中王区に戻ったりしないよな」
私は注文を聞いたはずだ。それなのに帝統から返ってきたのは何の脈絡のない会話。貴方の頭の中はどうなってるの?と問い掛けたくなってしまう。
「…戻るなって言うならね」
「俺は言わねぇよ。お前の人生はお前のモンだ」
「そう。じゃあ戻るかもね」
私の言葉にはハッキリとした答えをくれない。縛られるのも縛り付けるのも嫌いな帝統には当然の答えかもしれないけど、自分で振ったこの時ばかりはハッキリと答えて欲しかった。
私の答えを聞いて目を丸くした帝統は暫く喋らないので「勝手に注文するよ」と店員に適当な注文をした。もう肉も勝手に注文してしまえ。
「順にお持ちします、火を着けますね」と言われ、程よく熱せられた網に身を乗り出すのが熱いなと感じる頃帝統がまたもや「ハル」と静かに私の名前を呼んだ。
答えの出ない問い掛けはもう止めてよと思いながら返事をする。
「……なに?」
「まだ金欠続きそうなんだわ」
「いつもそうでしょ」
「そうだけど!これから先もまだ続く、気がすんだよ」
「ギャンブラーなのに負ける気で挑むの?それじゃ勝てないでしょ」
「負ける気なんてねぇよ!」
ああ!クソ!と頭を掻き毟帝統にクスリと笑った。
ここまで分かりやすい子は居るだろうか?
遠回しに何を言いたいのか手に取るように分かるが、気付いてあげない。私は帝統の口から聞きたいのだ。
だからやって来たお肉を焼きながら帝統の様子を伺うと「だから!」と少し怒った様子で私を睨んだ。昔から照れた時はこの表情をする。
変わらないなぁと微笑めば「何でお前はそんなに余裕なんだよ!」と文句が飛んで来たので「お姉ちゃんだからね」と現実を口にする。
「昔から変わらないなぁって思ったら微笑むでしょ」
「……変わらなくねぇよ」
「そう?」
昔から私達は一緒に居たし、よく二人で出掛けたりもした。帝統は困ったらすぐ私の所に来たし、助けを求めるのは私が最初だった。
何も変わらない関係性じゃないか。
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