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□消化不良のいずみくん
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お昼時の食堂はお祭りのように大騒ぎだ。
育ち盛りの子達が我先にと限定メニューを買いに来たり、レッスンがあって時間がないのかさっさと買いたい子など様々な子達が一斉に群がる。
「おばちゃーん!Aセット頂戴!」
「はいはい、Aセットね」
「わわ!いつものおばちゃんじゃないんだぜ!」
元気な声が聞こえたのでカウンターに顔を出すと驚いた男の子は「おねーさんだったぜ」と焦って言い直した。それに対して「いや、おばちゃんで大丈夫だよ」と笑う。
ここは夢ノ咲学園の食堂。
いつもはパートの田中さんがメインで動いているのだが、生憎田中さんは今日から暫く旅行でお休みしている。その代わりに、普段はキッチン担当をしている私が注文を受けるよう表に立ったのだ。
滅多に表に立たないから顔も覚えられていないので、この子が驚くのも無理はないなと思いながらAセットを用意する。盛り付けだけの簡単な作業をパッと終わらせて彼に渡すと「ありがとうだぜ!」と満面の笑みで受け取り走って席へと向かって行った。
流石アイドル科。可愛い子が多い。
暫く忙しなく動いたが、お昼のピークが過ぎて注文は疎らになりつつあるので裏の手伝いをしようとキッチンへと向かうことにした。
自分で作るコースなど変わった制度があるので、一応その見守りについたりするのだが今日はそのコースを誰か利用していただろうか?あまり予定を把握出来ていないポンコツの頭に何となく残っている名前を引っ張り出して「あ、そうだった」と急いでキッチンへの扉を開ける。
すると、そこにはこのアイドル科唯一の女の子あんずちゃんが居た。
「ごめんね、あんずちゃん」
「いいえ、お疲れ様ですハルさん」
既に彼女の昼食はほぼ出来ていて今更見守りなんて遅すぎると項垂れた。するとあんずちゃんが「今日表に居るなら注文すれば良かったです」と言ってくれた。なんて可愛い事を言ってくれるんだ。
「今週は表も兼任だからいつでもおいで」
「はい。それと、ここの切り方なんですけど…」
早速作り方について質問をするあんずちゃんに一つ一つ丁寧に答えていくと、突然キッチンの扉が空いて誰かが入ってきた。
今日はそんなに利用者居たか?と思いながら入ってきた人物を見ると、彼もまた綺麗な顔をして居た。
「何、アンタまだ作ってんの?さっさと退いてよねぇ」
口はとんでもなく悪いけど。しっし!と手を払って彼女の隣にやって来た彼はここを使う常連なのだろう。勝手が分かっているようでてきぱきと用意を始めた。
あんずちゃんも彼の態度に慣れているのか特に気にせず作っているので私も気にせず彼女が使った器具や皿を片付けながら二人を見守る事にした。
それから数分後にあんずちゃんの食事は完成したので「温かい内に食べておいで、片付けはするから」とテラスに続く扉を開ける。意外と片付けに時間が取られてご飯を急いで食べなきゃならなくなるので、私が手伝える事はしてあげたいと思うのだ。
「え、でも…」
「殆どないし大丈夫。ほらほら、折角の美味しそうな料理が冷めちゃう」
渋る彼女の背を押して「今度お菓子作ったら分けてね」とワガママを口にすると「はい!ありがとうございます」と嬉しそうにしながらテラスに出て行ったので、あんずちゃんには等価交換だなと心に留めておく。まあ、忘れそうなんだけど。
彼女を送り出したので残るは綺麗な顔の刺々しい子。
副菜を作るだけなのか、材料が少ない彼を横目に道具を片付けていく。ついでに彼が使っていた物も片付けてしまおうと洗うと小さく舌打ちされた。え?まだ使うんだった?
「鈍臭いと思ったけど手際だけは良いんだね」
「へ?」
「べつにぃ」
何だ?と思って彼を見たらギャルのような言葉遣いでポカンとしてしまう。すると最後の仕上げをした彼が「片付けしといてくれるんでしょ」と言って鼻で笑って出て行ってしまった。
……なんだ、あの子は?
それが彼との初コンタクトだったと思う。多分。
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