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□きみがいい
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「ほら、お肉焼けたよ」
「ハル」
「どんどんのせてくから沢山食べなよ〜」
「ハル」
「…そんな顔したって仕方ないでしょ」
「…俺にハルの人生を左右する権利はねぇ。けど、俺の願いは伝えたって良いだろ」
「…なに?」
「中王区なんて戻って欲しくねぇんだよ。あんな監獄みたいな場所じゃ会えねぇし、会っても家族としてしか会えねぇ」
「…うん」
「俺はハルに姉なんて言って欲しくねぇし、こっちで一緒に暮らして毎日側に居てぇ」
「…毎日帰ってくるの?」
「嫌なのかよ!?」
「いや、だって野宿してるから」
「好きでしてるわけじゃねぇよ!一文無しの時にしかしてねぇ!」
「そうなの?」
てっきり住所不定だから公園が住みかなのかと思ってた。そう驚くと「そうじゃねぇ!だから話の腰を折るな!」と怒られた。
「だから!仕事だろうが何だろうがもう会えないのはイヤだって言ってんだよ!」
「だから一緒に暮らしたいの?」
「…ダメなのかよ」
「うーん…もう一声欲しいかな」
「はぁ?何だよ、もう一声って」
目の前の肉に手を付けず真っ直ぐ私を見つめて話す帝統はいつになく真剣だなと思う。だから欲しかったのだ。
私は数ヶ月前まで中王区にいた。それを元に戻したのは帝統だ。ただ一言、会いたいと言われたから中王区の外へと飛び出した。会ったら会ったで不安そうな顔は一瞬だけ見せて「腹減った!全部スっちまったから暫く側に居てくれ」と呑気に笑う帝統には少しだけ腹が立った。
それが帝統の精一杯なのかもしれないけど、私は全てを捨てても側に駆けつける気で居るのだ。それを安易に試された気がしてその時は本気で一発ビンタした。だから今度こそきちんとした言葉で側に置いて欲しい。
「中王区のアパートはまだそのままなの。だから片付けには戻らないと」
「…聞いてねぇ」
「うん。今初めて言った」
「帰ってこない気かよ…」
「それは帝統次第」
「…っ!」
「ねえ、野宿友達やチームメンバーを頼らないで私に会いたいって言ったのはどうして?」
「どうしてって」
「それが分かれば戻らないかも」
私である理由があれば何も迷わないから。帝統の口からちゃんと聞きたい。
やんわりと笑ってそう加えれば、大きく目を見開いた帝統が頬を染めて「お前が居れば良いってだけじゃダメなのかよ」と睨んできたので「それなら私は帝統のお姉ちゃんで居るしかないね」と答えた。
こんなことを望むのはきっと不誠実だ。でも、小さい頃から私はずっと思っていた。
言いたいけど言えないとまごつく帝統はチラチラと私の様子を伺う。その姿が子犬のようで可愛くて仕方なかった。
「帝統」
「…な、何だよ」
「好きだよ。何より、誰より、帝統だけが居れば良いって思う程好きだよ」
口に出したことはなかったけど、心から願うのはこのどうしようもない弟だけ。そう思うのが私だけじゃなくて帝統も思っていれば良いと月日を重ねる度に強く願った。
それを確かめたいと思うのに、帝統はそんな気持ちに気付かず悪戯に私を中王区から引っ張り出すのだから、これくらいの仕返しは許して欲しい。
「たった一言だけ、言ってくれれば私はもう帝統から離れない」
「……お前、分かってて言ってんだろ」
「まさか。分からないから言葉が欲しいんだよ」
自分の皿に乗せたお肉を一口噛り笑うと睨まれた。
ただでさえ目付きが悪いんだからそんな顔しないの、とやっぱり笑ってしまう。
大胆なことも出来るのにたった一言、好きだと返してくれない弟がどうしようもなく愛しい。そんな歪んだ気持ち捨てさせてくれないのは他でもない本人なのだから責任を取ってね。
結局、あー!と叫んで言葉よりも行動で示した帝統に色気もムードもないキスをされたのはこの数分後。
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