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□宇宙旅行のための蜂蜜酒
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冷蔵庫の扉を開けるとひんやりとした冷気が身を包む。冷えた空気が心地いい。
「えーと、蜂蜜酒は…」
冷蔵庫の中身はたくさんの瓶で埋めつくされており、そのどれもが不思議な光を放っていたり、禍々しかったりと明らかに地球製のものではないのにはもう慣れてしまった。その瓶の群れをかき分けるが、お目当ての物がなかなか見つからない。
数本瓶を出しては探しを繰り返し、やっと目当てのものを探し出したけど、中身が少ない。他の瓶を戻し、黄金の蜂蜜酒を手に取る。
「これじゃあ1回分くらいかな…」
ハスター様に持ってくるように頼まれたけど、これでは宇宙への片道切符渡すようなものだからなぁ。
「どうした名無しさん?」
うーんと考えていると自分の主がやってきた。
「ハスター様。実は黄金の蜂蜜酒が残り僅かでして…。」
「よいよい。丁度材料は揃っておるし、そろそろ名無しさんにも作り方を教えようとしていた所だったのだ。」
「本当ですか?!有り難き幸せにございます!」
やったぁ、ハスター様とお料理(?)ができるぞ!
「では、純粋蜂蜜とレモンを頼む。先に調理室で待っておれ。」
「はい!」
ビシッと敬礼まで決めると、可愛い奴めとハスター様が頭を撫でてくださった…!
は、ハスター様ぁ…。
でっかい瓶とレモン数個を持ってルンルン気分で調理室に向かう。途中ですれ違うハンターの人達とは、挨拶を交わせるくらいには仲良くなった。最近は何故かよく憐れむような目で見られるけれど。
調理室にひとまず瓶とレモンを置き、純粋蜂蜜をそこら辺から引っ張り出し、レモンは絞り器で果汁だけにしてしまう。
種を出した果汁を別の容器に移し終わると、横からするりと伸びてきた赤紫に容器を持って行かれた。
「ご苦労。水とイーストとショゴスエキスを持って来たぞ。」
「ありがとうございます。」
どう見ても水とイーストも普通のものではない。なんでイーストが発光してるんだ…。ショゴスエキスに関してはもう何も言わない。
今絞ったレモンも地球産ではないけど。
「蜂蜜酒の作り方自体は地球のものと同じだ。蜂蜜が1/4、残りはほぼ水。ショゴスエキスとレモン果汁は好みの量を入れ、あとはイーストを入れた後一、二週間醸造期間を置き、最後に魔力を注いで完成だ。」
「な、なるほど。」
メモを取りながら話を聞いたが、最後の魔力が心配だ。
本来、黄金の蜂蜜酒を作るには、ドイツ語で書かれた«黄金の蜂蜜酒の製法»を読む必要がある。それをがっつり省いたのが少し怖い。
「そんなに心配そうな顔をするな、魔力は我が出すから安心せい。」
「なんというお心遣い…。有難うございます!」
感無量だと涙を堪えると、ハスター様は楽しげに笑う。
あぁ、可愛らしい…!
その後はハスター様監督の元、蜂蜜酒を無事作り終え、二週間の醸造期間を終えて酒自体は完成した。
「おぉ!お酒になってますよ。」
「よし。では魔力を注ぐ間に名無しさんは荷物を纏めておれ。」
「え?」
「数日生きられる程度でよい、分かったな?」
「は、はい。分かりました。」
どうしていきなり荷物をまとめるのだろう。それに生きられるって…。
疑問を抱きながら部屋に戻り、自分の荷物をまとめる。元々向こうの館から持ってきた物が少ないため、すぐにまとまった。
あと、数日生きることができるようにとハスター様が仰られたので、いくつか缶詰と水も持っていく。
…捨てられてしまうのだろうか。
荷物を持ってハスター様の所に行くまでの道のりが酷く長く、重く感じる。
お前には飽きたと言われてしまうのだろうか、信者の代わりなんていくらでもいる。嫌だ、ハスター様に捨てられるなんて絶対に嫌だ。
「来たか。…名無しさん?」
怖い。貴方様に見放されるのが。
捨てるくらいなら私を地球での依代にしてくだされば良かったのに。
「…なぜ泣く?」
「っ、だって…今から、私をお捨てになるのでしょう…?っ」
できることなら貴方様に一生お仕えしたかった…。
「お主はアホか。」
「ぐすっ…ぇ?」
「なぜ我がお気に入りの信者をわざわざ捨てねばならんのだ。」
呆れたと言わんばかりにこちらを見るハスター様に数秒固まる。
「じゃ、じゃあ荷物をまとめたのは…」
「今から私用でカルコサに向かう。後にお主が住む所だ。ついでに案内しようと思ってな。」
「え、えぇ…?!じゃあ私は…!」
ただのはやとちりをしてしまったと…。
「我に全てを捧げたのだろう?死んでも我に仕えよ。」
「うわぁぁぁん!!ハスター様一生着いて行きます!!」
思わずその場に跪くと、彼の触手に引っ張りあげられ、抱きしめられてしまった。
おまけに頭も撫でられる。
「?!ハスター様のお洋服が汚れてしまいます!」
「構わぬ。こうすれば人間は泣き止むのだろう?」
幸せすぎて逆に涙が止まらないですハスター様