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□傘の恩返し
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暖かい陽射しと植物に適した温度は、春のようでぽかぽかと心地いい。
庭に植わっていた植物はしっかり手入れが行き届いており、葉は青々と元気いっぱいだ。

この荘園の庭で私ができることは水やりくらいかな。あとはたまに芽かきしたり、伸びすぎた木や葉を整えるくらい。

「…あれ?これって。」

庭を散策していると、白いフラワースタンドに立てかけられた大きな黒い傘に気がついた。
誰かの忘れ物だろうか?

それならいけない。傘に落とし主の名前が書いていないか確認すると、傘にたくさん貼ってある紙に文字が書いていた。

なんて書いてあるんだろう?

外国の言葉だろうか、筆で書かれた文字は残念ながら私には読めない。

それにしても大きな傘だなぁ。私の身長くらいある…。
実際に手に取るとずっしりとした重み。
こんなに大きな傘、今いる人達が使う物には見えない。

「名無しさん、そろそろ昼食の時間よ。あら、どうしたのその傘?」

「エミリー。」

もうそんな時間だったんだ。
傘に気を取られて軽く水やりしただけになっちゃったな。

「フラワースタンドの横に立てかけてあったの。」

「へぇ、随分と大きな傘ね。見たところ東洋の国のものみたいだけど。」

「東洋の?」

「えぇ。その紙が貼られた物には悪魔が封印されているって聞いたことがあるわ。」

「え?!じゃあこれ…」

相当やばいものなんじゃ…。がっつり触ってしまった。

「そんなに怯えなくても大丈夫。きっと偽物よ。」

「…ほんと?」

「えぇ。本物なんてまず無いわ。」

だから大丈夫よ。とエミリーに宥められる。彼女が言うならそうなんだろう。

「ほら、そんなことよりご飯にしましょ。」

「…うん。」

傘を元の位置に戻し、食堂に向かう。

ガタン…

庭の扉を閉めた後、後ろで傘が動いていることに私は気づかなかった。


「あれ…、どうしてこの傘がここに…?」

食事を終え、自室に帰ってきたら扉の前にさっきの傘が立てかけてあった。
誰かが移動させたのだろうか…?まぁいっか、考えても仕方ない。

近くでまじまじとみてみると、さっきは太陽の明かりで照らされて見えにくかった汚れが目立つ。

庭に放置されてあったから汚れるのも無理ないか。どうせだし綺麗にしてしまおう。落とし主もそっちの方が喜ぶだろうし。

さっそくタオルを水に濡らし、紙の部分を濡らさないように気を付けて拭く。最後に乾拭きをしたら、数十分前とは比べものにならないくらい綺麗になった。
逆にタオルは真っ黒だけど、こんなに汚れてるとは思わなかった。黒って本当に汚れが目立ちにくい。

念には念を入れて傘を開いてしっかり水分を飛ばすためにしばらく乾かしておく。


コンコンコンッ

「はーい」

ドアがノックされる音が来客を告げる。
誰だろう?

「あ、あの。ウッズさん…」

「…ピアソンさん、どうなさいましたか?」

来客者はピアソンさんだった。ここに来たときからよく話かけてくれているが、挙動不審でどこか怪しい。私は少し彼が苦手だ。

「お、俺と一緒に、その、庭へ…。」

またか。
彼はよく私を庭に誘う。今までは周りの人が助け舟を出してくれたり、用事があると言ってなんとか話を流せていたが、まさか自室にまでおしかけてくるとは…。

「ごめんなさい、まだ工具のお手入れが終わっていないのでまた今度に…。」

正直彼と二人きりになるのはまずい。ときどき彼は乱暴になる。

「…た……。」

「え?」

「また、俺の誘いを断るのか?!」

やばい。

「ピ、ピアソンさん…い、今は無理ってだけで…」

「言い訳なんていい!!」

「いっ……!」

思わずドアを閉めようとしたら火事場の馬鹿力というやつか、すごい力で跳ね返され、その勢いで身体は床に叩き落とされた。

「荘園に来て最初に話かけてやったのは…!困ったときに手を差し伸べてやったのは!一体誰だと思ってる!!」

「いや!離して…!!」

倒れた拍子に馬乗りになられ、拘束から抜け出せない。
怖い、怖い。
だから避けていたのに。そんなこと頼んでいなかったのに。

「お前は汚らわしくて卑しい恩知らずな女だ…!!」

あぁ、殴られる。

ぎゅっと目をつむり、衝撃に耐える。
だが、どういうことか一向に衝撃は来ない。

「女性を殴るなど、男の風上にも置けませんね。」

知らない人の声に驚き目を開けたら、目の前には大きく真っ白な手がピアソンさんの手を受け止めていた。

「え…。」

「な、なんだお前は…!!」

慌ててピアソンさんは私から飛び退いた。

「傘ですよ。…今はただ、魂が2つ宿っただけの。」

傘…?
言われて気が付いた。私を助けてくれた白い人が握っているのは、先程まで掃除していた傘であると。

「次、また名無しさんに手を出すようなことがあれば……貴様の命、無いものと思え。」

「ヒッ…!」

首元に添えられた鋭利な傘先。圧倒的力を持つ者の気迫に押され、ピアソンは逃げ出した。

「…お怪我はありませんか?」

「は、はい。ありがとう…ございます。」

差し伸べられた手に掴まり、軽々と床から起こされる。

「あの、名前…」

「あぁ、庭で先程医師の方が仰られていたので勝手に呼ばせて頂きました。」

「えっと…」

「…先程言った通り、私は…私たちは傘なんです。貴女が綺麗にしてくれたね。」

先程とは打って変わって優しい笑顔。にわかには信じられないが、握られた傘と突然現れたことが何よりの証拠だろう。

「私たち…?」

「えぇ。私の名前は謝必安。1つの傘に2つの魂が宿っています。もう1人は范無咎。」

「本当はまだ私たちは出てきてはいけなかったんですが…。貴女に恩返しするために出てきちゃいました。」

恩返しって、傘を綺麗にしたことだろうか。

良かった。傘に貼ってあったのは恐ろしい悪魔を封じてたんじゃなくて、優しい人の魂を封じてたんだ。
世の中何があるか分からないなぁ。
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