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□一夜
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「大宮…大宮」

納得いかない。どうにも千鶴は納得がいかなかった。

「逆光が過ぎて白飛びしてる…。もっと右から撮るべきだったかな。それともF値をもう少し絞るべきだった…うーん」
「大宮、随分カメラにご執心だが今は授業中だからな」

机の下に隠したカメラからはっと目線を上げると、苦笑いする先生、クスクスと笑うクラスメイト、そして

赤面する私。






好きな季節はなんだと聞かれることは、
カメラをやっていればよくあることだ。
その度に私は春だと答える。
長い冬を耐えた草木が茂り、花は芽を出す。
動物達も、ひとやすみしたといった様子で
暖かい春を堪能し、そして何より
写真には残らないがいい匂いだ。
ふんわりとした柔らかい香り。

私が高校3年生に進学したのはつい先週のことだった。

文系クラスの持ち上がりでクラス替えは無かったのだが、
新学期早々に先生から注意を受けるのは
いたいけな少女にはかなり恥ずかしい。


「ほんと、千鶴の写真はいいね」

こそっと耳元で囁く声に、少し体を捻ると
後ろの席の友人が机の下のカメラの
ディスプレイを指さしながら笑う。

「でも、白飛びしちゃってるよ」
「それが柔らかい雰囲気出してるよ。
春満開〜!って感じ。千鶴の撮る春ってさ
安心するっていうか…うーん上手く言えないけど
あぁ、今年も新しい季節が来たなぁって
感じがするから、私はすごく好きだよ」

思わぬ友人の褒め言葉に、また赤面。
そっか、納得いかないけど…これはこれで
いい写真、なのかなぁ。

千鶴はふうっと溜め息をついて机の上に
顔をぺしゃっとくっつけた。
シャープペンシルがころころと転がる。

『進路希望調査』

残念ながら第1希望から第3希望まで、
まるで雪が積もっているかのように真っ白だ。

「こっちの春はまだ来ないか大宮」
「あー、えと…はい…」

頭上からの先生の声に、固く笑いながら
おずおずととりあえずペンを握る。
が、書こうとしてワンストローク。

その様子を見て、先生の溜め息。

「まぁ、ゆっくり考えるのもいいがな
高3の1年はすげぇ短いからな」
「はい…」

そんな事言われても…と千鶴が窓の外の桜を
見上げた時、チャイムが鳴った。

後ろから回されてくる進路希望の紙はどれも
少なくとも私よりは春が来ているようで
恥ずかしくなった千鶴はそっと自分の
紙を裏返して前に回した。

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