ポケモン(長編)ダンデ

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時計の秒針が動く小さな音だけがバトルタワー、最上階にある執務室に響いている

…普段なら部下に任せるような小さな仕事でも俺は自分1人で黙々とこなしていた

気を紛らわせたかったんだ…
…そうでもしないと寂しさや罪悪感に押し潰されて俺の心はぐちゃぐちゃになってしまいそうだったから…

…あのマンションにもずっと帰っていない…

…ハナのポケモンサロンにだってあのコンテストの日から1度も行ってないし、近付く事さえ出来なかった


ガラル初となるポケモンコンテストの優勝者は圧倒的な得点差を見せつけたハナ…
…そしてキバナがまさかの3位を掴み取り、
会場が大いに湧き上がった光景を俺は鮮明に覚えている…

…マサルが嬉々として喜び、感動して2人に向かって走り出す中…
俺は逃げるように会場から飛び出していた…


「ばぎゅぁ〜…」


「…あぁ、リザードン…お腹が空いたのか?
…そろそろ終わるからもう少し待っててくれ」


相棒の鳴き声に少し遅れて返事をするとソワソワと外を見て、リザードンは落ち着かない様子だった


「……今日はここまでにするか…
待たせたな、リザードン!さぁ、家に帰ろう」


トントンと書類の束を机に軽く落として整理しては、俺は小さく微笑みを向けながらリザードンの背に跨る

執務室のバルコニーから大きな翼を広げ、颯爽とリザードンは飛び立ったが…
…向かった先はあのマンションだった


「…リザードン、そっちじゃないぜ
…ハロンタウンに向かってくれ」


俺の言葉にしゅんと悲しそうな顔を浮かべるリザードンの頭を優しく撫でると、気乗りしない様子でくるりと方角を変えるリザードン

…この会話は何回目をだろうな…

リザードン、すまない…
…俺はもうハナに会わせる顔がないんだ…

ひやりとした夜風に当たりながら、遠く離れたハロンタウンに向かう夜空の中で…
…俺の胸はズキズキと痛みを訴えていた…


「兄貴!おかえりなさい!
最近、良く帰って来てくれるから俺も母ちゃんも凄く嬉しいんだぞ!」


実家の玄関の扉を開けるとバタバタと駆け寄って来た弟の嬉しそうな笑顔に少しだけ気持ちが柔らかくなった気がする…


「…ただいま、ホップ
…チャンピオンだった頃は滅多に帰って来れなかったからな…
今は…出来るだけ家族と過ごしたいんだ」


…今、俺がホップに言った言葉は嘘ではない

だが…本心の大部分は偶然、ハナと会ってしまわないようにシュートシティから遠く離れた実家に帰っているのが事実だった

今のガラル地方は変わりつつある…
…あのポケモンコンテストのおかげで多くの人々がコンテストに興味を持ち、俺の耳に入ってくる程、ハナの知名度もサロンの評価も右肩上がりで上昇し続けている…

根も葉もない噂の誤解もなくなり、現チャンピオンであるマサルも安心してサロンで働けているし、バトルも前より楽しめているのだとホップを通して俺は聞いていた

…これで良いんだ…全て丸く収まっている…
後は…俺がハナを諦めれば良いだけだ

…もう2度と彼女を傷付けたくない…

無敵を誇るチャンピオンだった男が情けないだろうが…
…君を想う事だけはどうか許して欲しい…

この君の側に居たいという気持ちは…
…ちゃんと諦め…る…から…


「…兄貴、顔色が悪いんだぞ?
…ポケモン達の世話は俺がやるから早く休んだ方がいい!無理は良くないんだぞ!」


不安と心配が入り混じったホップの顔が目に入ったかと思えば、上着を取られて背中を押されてしまい、自室へと押し込められた


「……すまない…
…俺は自分がこんなに弱い人間だなんて知らなかったんだ…!」


…誰も居ない部屋で虚しく響いた俺の声…
ふらふらとベッドに倒れ込んでも、心底疲れてるはずの俺の身体は眠りについてくれなかった

…目を閉じるとハナの潤んだ瞳が頭に浮かんできてしまって眠るのが酷く恐ろしい…

ハナ…嫌わないでくれ…!
っ…違う、もう嫌われてしまった…

このまま…もしハナが俺じゃない誰か他の男と過ごすようになったら俺は壊れてしまうかもしれない…

…いや…君が幸せならそれでいいんだぜ…
そーだ…ハナが幸せなら俺は…!


「…ハナ…すまない…
…俺は君に申し訳ないと思っているのに…!
それ以上に…君が恋しくて堪らないんだ…」


スーッと涙が瞳から溢れた気がしたが…
…俺は気絶するように意識を失っていた…


「…兄貴、ちゃんと寝たのか?」


早朝、実家を出ようとした俺をパジャマ姿のホップが目を擦りながら引き留めた

…昨夜はなんとか眠れたようだが、すぐに目が覚めてしまって結局、ちゃんと睡眠を取れていない


「…もちろんだ」


ファンに向けるような笑顔を浮かべて嘘をついた俺はリザードンと共にシュートシティへと向かった

…見送ってくれた弟のホップが少しずつ大人になり始めていて…

…俺の作り笑いに気付いており、ずっと心配してくれていた事を俺は知らなかった…
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