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□そりゃあ好きだよ、迺理さん
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ある日突然、同じクラスで特に仲が良くも悪くもない隣の席の田中に、明らかにやべえ悪霊が取り憑いていた。

「………は?」

休み時間、人気のない屋上で購買のパンをかじりながら思い出すのは田中に取り憑いた悪霊のこと。人形みたいに綺麗な顔のそいつは度々俺の方を向いては、にっこりと笑いかけてくる。その度に背筋に寒気が走って、目線を逸らす。明らかに俺が視えてることに気付いてる笑顔だった。
幸いなことにというか不運なことにというか、俺には狐が憑いてるから手出しは出来ないんだろう。それが不幸中の幸い(もとい生まれついての不運)だった。
しかし俺に憑いてる狐は、悪霊が俺に笑いかける度に不機嫌そうな顔をするもんだから、機嫌取りをしなければならない。こいつがキレた時、こいつが何をするかを俺はよくよく知っている。

「迺理(ないり)さん」
「なーに、しぃくん?」
「…今度、パフェでもどうかな」
「いいじゃない! しぃくんにしては珍しく気の利いたデートプランね?」
「女の子が好きそうなもの、迺理さんも好きでしょ」
「好きよ。しぃくんはもーーーっと好きだけれどね。」

最早聞き慣れた愛の言葉に、はいはいわかってるよと軽い返事。でもわかってるのは本当だ。迺理さんも、それをわかってる。だからなのか、やたらと言ってくる。俺にわかってると言わせたくて。
会ったばかりの時には冗談だろとか思ってだけど、“アレ”があってからは流石にそんなことは思わなくなった。今では、うっとりした目で好きと囁かれることも悪くないと思うようになってきている。慣れと顔の良さって怖い。
――そう、迺理さんは顔が良い。めちゃくちゃに顔が良い。モデルとかイケメン俳優とか女優なんて目じゃないくらい顔が良い。そして驚くことに、あまりにも顔が良いと大抵のことは許せてしまう。俺は自分のことをあまり面食いだとは思ってないが、それもこの顔の良さの前では無力だ。
迺理さんは俺に対しては特に綺麗な、具体的に言えば恋人に向けるような甘い笑顔になる。それが本当に美しくて、こんな笑顔を向けてもらえるなら色々どうでもいいかと思えてくるのが怖い。迺理さん自身はかなり恐ろしい存在なのがより怖い。
迺理さんはその気になれば、指先一つで俺なんか殺せるような存在だ。そんな人(狐だが)が、ご先祖様の因果で今や俺に恋をしている。人生って何が起こるかわからない。
…めっちゃくちゃ話が逸れた。
つまり何が言いたいのかというと、なんでこんなことになってんだってことだ。
隣の田中に何故かやばそうな悪霊が取り憑いた。
そして悪霊が俺に笑いかけると迺理さんが不機嫌になる。
迺理さんが不機嫌になったまま放置するとワンチャン人が死ぬ。
だから俺が迺理さんの機嫌を取らないといけない。
機嫌を取るにはデートとか直接的に好意を伝えるとか、そういうことをしなくちゃいけない。
…あれ?

「……迺理さん」
「なーに?」
「もしかしてあんた、別に不機嫌になったりしてなかったりする?」
「うふふ」
「やっぱりっ…!」

やっぱりそうだ!こいつ別にマジで不機嫌になったりしてねえ!俺とイチャイチャしたいから不機嫌になったフリしてただけだ!!
思わず今までの恥ずかしいさとかからちょっとキレそうになったが、微笑んだ迺理さんの言葉で色々言おうとしたことが全部吹っ飛んだ。

「私はしぃくんとデート出来て嬉しかったし、普段つれないしぃくんが好きって言ってくれて嬉しかったけど、しぃくんは違うのかしら?」

………卑怯だ。それはずるい。
散々俺にわかってるって言わせた後で、そんなことを言うのはずるい。言葉に詰まって奇妙な表情をした後で、一度俯いてから赤くなった顔で言った。

「…違わない」

迺理さんは嬉しそうに屈託なく笑った。


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