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□星が落ちた
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日曜日だからと少し遠出をして、趣味のための布を買いに行ったある日、講義が被っているからかよく見かける男を見かけた。
いつも講堂で見る彼とさして変わらない、青縁の眼鏡と黒いパーカー。長い前髪もいつも通りだったけれど、今日は台風でも来てるのかというくらい風が強くて。
綺麗な金色をしたさらさらのウィッグが風に靡き、ベージュのスカートのプリーツが乱れ。手にしていたはずの手芸屋のチラシが風に浚われてしまって――それを、彼が取ってくれた。
その時はじめて、長い前髪と眼鏡に隠されていた彼の顔がちゃんと見えた。

「…これ、貴方のですよね。どうぞ。」

差し出されたチラシを手に取ることも、取ってくれたお礼を言うのも忘れて、彼の青い瞳に見惚れる。今まで見たどんな宝石より綺麗で、今まで見たどんな絵画より深い青だった。
僕がぼうっと見惚れていると、反応がないことを不審に思ったんだろう彼が心配そうに顔を覗き込んできて、我に帰った僕が顔を気付かれないよう顔を逸らすのも虚しく、正体に気付く。

「あの…あれ?え、お前、もしかして、…鳳条…?」
「…っ!」

気付かれたと理解した僕は、彼に背を向けて脱兎の如くその場から逃げ出した。しかし意外なことに彼は運動が得意だったのか、ヒールで走る僕はすぐに追いつかれ、腕を掴まれる。
掴まれた腕をそのまま引かれ、無理矢理彼と顔を合わせられる。バレてしまった、と絶望じみた表情を浮かべる僕に、彼は少し慌てたように首を振った。

「その、俺は誰にも言わないから! …俺も、人に言えないシュミはあるし…」
「…え?」
「えっと…とりあえず、一回俺んちに来てくれない?」

彼の言葉のままに、僕は彼の家まで付いて行った。一番恐れていた事態が起きてしまった以上、もうどうなってもいいと半ば自棄になっていたのだ。
わりと散らかっているマンションの一室で、待っててと言われ正座して待機する。膝には買った布が入った大きな紙袋を乗せ、不安からそれを抱きしめている。
やがて彼が何か大きな冊子のようなものを手に奥の部屋から出て来て、気まずそうな顔でそれを僕の目の前に置いた。冊子の表紙には『優等生の成績の秘密は特別授業』と書かれていて、表紙に描かれている扇情的なイラストの男性に、僕は見覚えがあった。

「…これって、僕?」
「……うん。その…俺、同人誌ってものを作ってて。それの題材っていうか、モデルに…いや、言い訳なしに言おう。俺、鳳条にそういうことをする妄想をしてた。で、それがその妄想を物にしたやつ、です…」

尻すぼみになっていく言葉の内容に、僕の顔が耳がどんどん熱くなっていくのを感じる。彼が、名前もちゃんと知らない彼に、『そういう目』で見られていたという事実に、言いようのない興奮を覚えている僕がいる。心臓が早鐘を打って、興奮による体温の上昇で汗ばんだ肌にブラウスが張りついた。
目の奥が熱くて、喉がひりつく。目の前の彼は様子のおかしい僕に戸惑っているような、興奮しているような表情をしている。ごくりと喉を鳴らし、抱きしめていた紙袋を横に置いて彼に近付いた。

「ねえ、妄想だけでいいのかい?…今なら、本当に僕を犯せるよ」

意を決して、震えた声で誘いの言葉を口にする。興奮で潤んだ瞳で青い瞳を見つめ、華奢なブラウスから伸びる男の手を彼の太腿に置いた。
彼は唾を飲み込んで、僕の手に手を重ねた。



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