短編集

□本心
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「あっ!降谷くん!今日もかっこいいね!」
…またかこいつ。
今日は図書館の前。勉強をしに行こうと休み時間に図書館に向かった時、たまたま出会ってしまった。

毎日毎日話しかけてくるこいつは、俺の所謂「幼馴染」の瀬川すずめ。
幼稚園の時から小学校、そして今の中学校3年になるまで、なんの因縁があるのか、ずっと同じクラスである。
特に家が近いわけでも、委員会が同じとか、部活が同じとか、そういう接点もなかった。

あの日から、来る日も来る日も、何かしらの方法で、俺に挨拶をしてくるやつになった。

「あれ?今日も無視パターンかな?」
ニコニコしながら俺の前に立つ瀬川。
「お前も、よく飽きないよな。」
「へへっそれだけが取り柄です」
頭をかきかき、と照れ臭そうに笑う。
「褒めてない。」
「またまたぁ。まぁ、そういうことで!」
じゃね!と小さく手を振って、その場を去っていく。あいつは、図書館に来たわけじゃないのか?本当に、不思議なやつだ。
「また、瀬川さん?」
「ヒロ。」
これは俺の大親友、諸伏景光。
「あっちに走って行ったよ」
「そう。ヒロも勉強か?」
「そうするつもりだけど。なんか、もうちょっと素直になれば?」
「何が?」
「瀬川さん、ゼロのことすごい好きだからああいう挨拶してるんだと思うけど。」
「別に、瀬川がそういう意図で言ってるとは思えない。」
本当に、ただの挨拶だよ、と付け加える。
わかってないなぁ、という風に、ため息をつくヒロ。
「まぁ、ゼロがそれでいいなら、俺はいいんだけど。」
それだといつまで経っても関係が変わらないぞ、というヒロの言葉の内容を、理解できずにいた。

まぁ、確かに、俺を後ろから指差して、話しかけてすらこない不気味な女達よりは、接しやすいし、話していて楽だと思う。
目を合わせもせず、俺が名前や顔すらも知らないのに、俺のことを見つけた途端、意図的としか思えないように避ける、あいつらよりも、目を合わせて話しかけて、笑いかけてくれる、瀬川の方が、まぁ、可愛いと思う。






中学1年の夏休みの初日。ヒロも用事でいなくて、特別にやることもなく、近くの図書館が改修工事中だったので、少し離れた図書館に向かった。
その入り口付近で見かけたのは、瀬川すずめ。

もうかれこれ9年間、同じ組であるその子は、他の女の子とはちょっと違うから、少しだけ、意識していた。まっすぐ目を見て話す瀬川。誰とでも平等に話す瀬川。本を読むと、長い髪が少し前に垂れるのが、印象に残っている。


「瀬川さん。」
俺が話しかけると、ぱっと顔を上げておお、と声を上げた。
「あれ、降谷くん。」
ニコッと笑う瀬川。
「図書館、好きなの?」
「うん、本を読むの好きなんだ。降谷くんも?」
「いや、俺は本じゃなくて勉強目当て。」
「へぇ、偉いねぇ!」
勉強かぁ、と感心したように目をまん丸くする瀬川。やっぱりちょっと、かわいいかな、と思う。

それから、暇なときにはその図書館に行くようになった。テニス部だったが、そこまできつい部活ではなかったし、自主練の時間の方が長かったので、図書館に行く機会は比較的少なくなかった。
そして、図書館に行く毎回、ではなかったがたまに瀬川とあった。そのときには少し世間話をするようになった。

「え、彼女いないの?」
「うん。というか、告白されたことない。」
「え!何故?!」
「というか女子に避けられてるんだよね。」
「あー、なるほど。」
苦笑いする瀬川。
「瀬川みたいに、普通に、話してほしい。」
いっつも本心隠して話すから、女子が苦手なんだよね、と苦笑いを返す。
少し、驚いた顔をする瀬川。
「私って本心さらけ出してるように見える?」
「うん、いつも普通に話してるし。」
「私、普通じゃないよ。最初はそうだったけど、最近は下心あるし。」
ほら、図書館で見かけたら必ず話しかけちゃう、楽しいから、と続ける。
「え?」
「気づいてなかった?」
「うん、全然。」
むしろ、俺も探してたかも、と言うのはなんとなく恥ずかしくて言葉にできなかった。
「じゃあ本心、言っちゃおうかな。私、降谷くんのこと結構好きだよ。」
へへ、とはにかむ瀬川。
「そうなんだ。」
不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「え、それ答え?」
「?うん。」
「意味わかってる?」
「わかってるよ。」
「びっくりした?」
「うん、ちょっと。」
「嫌じゃない?」
「別に。」
また目をまん丸くしてから、じゃ、いっか、と瀬川は呟いて笑った。


中1の夏休みが終わる頃、近くの図書館の改修工事も終わり、瀬川と特別に話す機会がなくなった。


でも、この、話をした日からだった。瀬川が、俺に会うたんびに、俺へのコメントやらをつけて、挨拶するようになったのは。





「ねぇ、いい加減にしなよ。」
ある日教室で職員室に呼ばれたヒロを教室で待っている間、窓の淵に座っていたら偶然、瀬川がいるのを見つけた。今日はまだ、瀬川と話はしていない。まぁ、俺から話しかけることもないか、と考えていると、瀬川の後ろから他の3人の女子が近寄ってきて、瀬川が囲まれた。
微かに聞こえる、会話。
「あのさぁ、あんた。毎日毎日、降谷くんに迷惑してるってわかってる?」
「降谷くん優しいんだからさ、あんたを軽くあしらってるだけ。幼馴染だかなんだか知らないけど、うざいのよ、あんた。」
「前も言ったでしょ。降谷くんはみんなのものって。」
どこからか、瀬川の頭に水がかけられる。
…俺が今いる下の階にも、彼女達の仲間がいるらしい。
きゃはは、と高笑う声が聞こえる。
くそ、と瀬川を助けに行こうと窓から離れて教室から出ようとした瞬間、響いた、凛とした声。
「降谷くんがみんなのものって誰が決めたの?」
瀬川が怒っているのを初めて見た。
「そうやって、降谷くんを神格化するの、やめなよ。降谷くんだって、普通の男の子なんだよ。」
「知ったような口を!」
「っむかつくんだよ!」

どさっ…
取り囲んでる女の1人が、瀬川に殴りかかろうとした時、間に合わない、と思い、二階の教室から無意識に飛び降りていた。上手く着地できてよかった。鍛えてて、よかった。
心臓がばくばくいっているのがうるさい。

「ふ、るやくん」
外で囲んでいた3人と、中から水をかける係だったのだろう2人の女子と、それから瀬川までもが、突然の俺の登場に、驚きを隠せないでいる。
「これ、は、その、降谷くんを思って。」
おどおどする女達。
「…行けよ」
「…え、なに、ふるやく」
「どっか行け。」
静かに言い放つ。
思ったよりも、怒りを感じていることに、自分でも驚いていた。泣きそうな顔になりながら、走り去っていく女達。

「…大丈夫?」
長い黒髪に、水がポタポタと滴っている瀬川を見て言う。
「え、う、うん。」
瀬川はやっと状況を掴んだのか、途端にぱっと顔を赤めて、目線を逸らした。
いそいそと、髪の毛の水を絞る瀬川。
「ありがとう、助けてくれて。」
「べつに、俺のせいだし。」
「降谷くんのせいじゃないよ。」
「いや、俺の…
「ていうか、足大丈夫?」
強い口調で、遮られる。
「…うん、全然。」
少し、間が開く。
「いや、でも二階から飛び降りるってすごいね、かっこいいなぁ、やっぱり」
と呟いた後、瀬川はくしゅん、とくしゃみをした。
「今までも、こういうことされてた?」
自分が着ていたジャケットを瀬川にかけて、教室に戻るようにうながしながら聞く。
「え、いや、うーん」
どうだったかな、とはぐらかす瀬川。
「もう、俺と話したくない?」
「は?」
「だから、こんな怖い思いまでして、話したいと思うかって。」
正直、複雑な思いだった。自分のせいで、こんな目に合っていたかと思うと、苦しいぐらいに腹が立つと同時に、申し訳なかった。でも、話したくない、と言われたらどうしよう、ととてつもなく不安に駆られる。

「うん、話したいと思うよ。」
きっぱりと言い放つ瀬川。
「だって普通に同じクラスの男の子だし。それに、好きな男の子には、毎日話しかけたいじゃん。」
あ、しかもあんまり怖くないよ、と瀬川が付け加え、にっこりと笑う。
嬉しさが、込み上げてきて、思わず笑ってしまった。
不安になっていた気持ちが、すぐに消しとんだ。

急に、ヒロが言っていた言葉を思い出す。
『もうちょっと、素直になれば?』
ああ、そういうことか、と気づく。
中1の夏休み期間、遠いのに、ただ勉強するためだけに、あの図書館に通っていた理由。改修工事が終わったのを、残念に思った理由。
瀬川が、休み時間に教室にいなければ、必ず図書館に足が向かってしまう理由。
…本を読む瀬川の髪の毛まで、昔から小学生の頃からずっと、見ていた理由。


「突然だけどさ、言っていい?」
「?うん、なに?」
「俺も、瀬川のこと、好きだ。」
「え?そうなんだ。」
別に驚きもせず、間髪入れず答えてくる瀬川。
「…っだから、そうじゃなくて、恋愛的な意味で、すきだってこと。」
「急だね。」
「…少しは喜べよ。」
身長差があるせいで、瀬川の顔があまり見えなかった。
自分のことを好きだと言ったくせに、俺の告白には喜ばないってどういうことなんだ。
ふいに立ち止まり、腕を軽く引いて瀬川をこちらに向かせた。
途端にばっと下を向く瀬川。
「っおい、」
なんとか言え、と手で顎をぐいっと引っ張ると、
いつもの二十倍ぐらい、瀬川の顔が赤くなっていた。
「っよ、喜んでるに決まってるでしょ。初恋なんて、実らないって相場が決まってると思ってたんだから。」
少し涙目になっている瀬川。
ああ、かわいいな、と思う。

(終わり)
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