短編集

□嫉妬
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「あーずさちゃーんひさしぶっ…」
目の前に見えた、ポアロのエプロンをつけた降谷零。
ぱた、ととりあえず私の行きつけのカフェ、ポアロのドアを閉める。

…この間会えたのは、確か2週間前。幻影を見るほど、寂しい思いはしてないはずだ。
…え?なんで…?

深呼吸を一回して、もう一度その扉を開けた。
「いらっしゃいませ、どうかされましたか?」
「…っあ、はい、大丈夫です。初めまして!新人さんですね」
その他人行儀な扱い方と、それからちらっとネームプレートをみて瞬時に理解する。安室透。
私が"作った"人物だ。

「えっと、冷たいカフェオレを1つ」
「かしこまりました」
ニコッと営業スマイルを振りまく降谷…じゃない、安室透。

でも、これは別に私個人に特別に当てたのとかじゃなくて、他のお客さんにも全く同様に笑顔を振りまいている。

なーんか、まぁ、ちょっと、腹立つけど、仕方ない。
仕事は仕事、お互いに割り切っている。
日本を背負ってる彼なんだから、誇りに思ってる。けど。

他のお客さんをちら、と見る。
可愛いJKばかり。みんな、安室透を見ている。まぁそりゃ、メロメロだよね、こんなにモデルみたいな人がいたら。しかもいつもと違って頼んでも見せてくれる回数は少ないこの尊い笑顔を無料&大量配布、してるんだから。はぁ、ついこの間まで、こんなにいなかったでしょうに…。
どうせ私はアラサーですよ。
ちょっといじけた気持ちになる。私の"夫"ではない姿を見るのは久しぶりだったから。
でも、私の方がもっとずっと前から、ファンだったんだから。全く。…と大人気ないことを考えてからぷるぷる、と頭を振る。仕方ない、仕方ないと自分に言い聞かせる。迷惑かけないって決めてるんでしょ。

「お待たせいたしました」
安室透が、慣れた手つきで運んできた。
届いたのは、いつも通りのカフェオレ、と…私の好きな、アップルパイ 。驚いて顔を上げると、目がぴた、とあう。
周りに見えないように無愛想な"降谷零"の顔に一瞬なって、『仕事』と目で訴えてきた。

「あ、ありがとうございます」
本当、この人にだけは、敵わない。一瞬で私の機嫌もとってしまう。この店にくるのは少しの間やめておこう。こうやって気を使わせたくないし。

すぐにまた営業スマイルの安室透に戻り、カウンターの方に帰った。

でもちょっと、いや、すごい嬉しい。
アップルパイ を口いっぱいに頬張る。サクッとした食感を感じた後、甘ったるいリンゴの匂いがふわぁと充満する。
やっぱり大好きだな。零の作る、アップルパイ 。

いつもなら、カフェオレをたんまりゆっくり飲みながら、仕事の資料を片付けたりするんだけど、今日はそんなことはせず、アップルパイを堪能してすぐにお会計に入った。

「もう、お帰りになるんですか?」
「はい。とても、美味しかったです。新人さんなのに、ポアロの味をよく理解してくださってますね。頑張ってください。」
精一杯の応援メッセージ。
「ありがとうございます。」
安室透の表情のまま、微笑んでくれる。

ドアを開けるとチリンチリン、と爽やかな音をする。
普段なら、2ヶ月に一回しか感じられない幸せを、二週間で感じられちゃった。ちょっと幸せ過多。

スキップしながら、自宅に戻る。
頑張ってね、お仕事。邪魔にならないように、努めますから。
次に会えるのはきっと、1ヶ月半ぐらい後。





………と思っていたのに…
あれからほんの一週間後。
駅から降りると、見たことある姿が駅の前を歩いていた。

いやいや、え?安室透?なんでいるの?ま、まさか、仕事で誰かをつける…ため…とか?
とにかく、他人のふり!!!!
と、見なかったことにして、そのまま歩み始めようとすると後ろからトントン、と肩をたたかれた。
「はい?」
後ろを振り向いて、ぱた、と目が合う。
は?安室透?どうした?
「ポアロの、常連さんの方ですよね。この間いらっしゃった。」
「…え?あ、はい。」
「今ちょうど買い出ししてたんですけど、お見かけしたので思わず話しかけてしまいました。」
「え、は、はぁ、そうですか。」
なんだこのナンパやろう。安室透をそんな軟派な性格に作った覚えはないんですけど??(まぁ正確には、作ったのは証明書とかだけで、性格までは作っていない)とちょっと睨んでやろうと思うと、あの営業スマイルがまだ張り付いている。くっそ顔いいな本当。めっちゃ好みの顔だわ本当。惚れた弱みは、出会ってからかれこれ29年、まだ握らされ続けている。
「耳元に何かついてますよ、」
と突然その端正なお顔をぐいっと耳に近づけてきた。
か、顔が近いっと考えるのもほんの束の間。
「俺のシフト、火木金。絶対に来い。」
息が耳に入ってビクッとする。すっと離れるその男。の瞬間にぱっと耳を押さえる。こいつ…私が耳弱いの知ってて…
「消しゴムのカスなにかだったみたいです。鉛筆を使った仕事でもされてるんですか?」
真っ赤になっている私のことなんて気にも留めずに平然と話し続ける。
「あっ、い、しゃなので…か、るてですかね。」
「そうですか、大変なのかもしれませんが、机で寝ない方が、いいですからね。」
「は、はい、すみません…」
なんなんだこの人は。せっかくの善意で行かないと決めたばかりなんですが…隠し通すのも嫉妬しないのも大変なんですけど…
「今日はポアロ、いらっしゃらないんですか?」
「え?あ、は、はい…っ」
途端にすっと凍りつくような殺気を感じる。営業スマイルはそのままなのに。
曜日感覚がもともとあまりないので、忘れていた。きょ、今日は木曜日だったか。
「あっいえ、今からちょうど、行こうと思ってたんです!!!」
「そうなんですか、それは嬉しいです」
輝かしいこの笑顔に当てられて、熱が上がってしまいそうだ。
ほ、本音が読めん…何の目的があって……人がせっかく我慢しているというのに……
「じゃあ、一緒に行きましょうか。」

歩きながら、色々と情報を得る。(正確には、聞かされた、だけど…)「安室透」は、探偵をやっており、毛利小五郎の推理に圧倒されて、弟子入りしたこと。そして、毛利小五郎の弟子として働くために、喫茶店ポアロでバイトを始めたこと。

「探偵さん、なんですね。」
「はい、そうなんですよ。」
そう聞くと、ちょっと面白くなる。思わずふふ、と笑みが溢れる。まるで昔の夢を叶えたみたい。ゼロ、探偵ごっこ大好きだったもんね。
「何か面白いですか?」
「あ、いえ、昔を思い出しまして。」
「なるほど。」


「いらっしゃいませ。」
またお客さんが来た。
カフェオレの氷をストローでカランカラン、と鳴らしながらため息をつく。安室透は変わらずレアな笑顔を色んなお客さんに降り注いでいる。
いつもならその笑顔は私だけのものなのに。
まぁ、気にしても仕方ない。仕事するか。
ぱた、とパソコンを開いて次の学界のための英語の論文を読み始める。

「飲み物のおかわり、いかがですか?」
「えっ」
いつの間にか飲み終わっていたカフェオレ。いつもよりも長い論文だったから、集中しすぎてた。面白かったし。
「あ、えっと、」
時計をチラッと見ると、7時ごろだった。
そろそろ遅いし帰ろうかな、と言いかけた時、
すっと安室透がメニューを開く。
「これ、僕が考えた飲み物なんです。どうでしょうか?」
と、指差した先に…
あるのは、レモンクリームティーなんだけど、その指で付箋が貼られている。『20:00にバイト終わる。待ってて。』

「じゃあ、それのちっちゃいサイズ、お願いします。」
「ありがとうございます。」
…潜入捜査中じゃないの?付箋をバレないように細かくちぎって鞄にしまいながら、考えていた。

8時ごろになると、お客さんはほとんどいない。というか、私と、あともう1人の常連のおじいちゃんと、安室さんだけ。

おじいちゃんもお会計を終えていなくなり、ついに安室透と2人きりになった。
なにこれ、幸せ過多。いつの日か、こうやって私のお気に入りのカフェに連れてきたいなって思ってたし。突然かなってしまったよ。まぁ、零はお客さんじゃなくて店員さん、だけど。
「そろそろお店閉めますね。」
私が飲んでいたコップも洗ってしまい、掃除も終えた安室透。
「す、すみません。」
「危ないですので、送ってきますね。」
いったい、これはなんのプレイなんだろうか。君が待っててと言ったんじゃないか、それで1人で帰らしたら流石に怒る。うん。
お会計をしようとすると、もうレジの鍵、かけちゃったので、と断られる。つまり奢り…?
外に出ると、すこし肌寒い。今日は早帰りのよていだったから、油断していた。今の時間には、薄着すぎる。
「お待たせ。」
声をかけられると同時に、首にマフラーがかかる。
「もふっ」
ちょっと驚いて、よくわからない奇声を上げてしまった。バレてないか?とちょっと見上げる。よし、バレてない。
「あ、ありがとうございます。」

RX-7。今日は元気そうだ。たまにものすごい傷だらけの時もあるし、きっとものすごい捜査に駆り出されているのだろう、と予想している。いつも零を守ってくれてありがとう、となんとなくなでなでしてみる。


「お前が悪いんだからな。」
車に乗って、盗聴器の確認を終えたあと、すぐにいつもの降谷零に戻る。それも、不機嫌爆発だ。
「えっなにが…?」
「せっかく行きつけのカフェで働き出したのに、全然来ないし。」
「いや、それは、仕事の邪魔になるかなって。」
「仕事の邪魔にはならない。俺とは会いたくないのか。」
「そ、そりゃ会いたいに決まってるけど!」
「けど?」
車を運転しながら、ハンドルを長い指先で、トントン、と鳴らしている。これは不機嫌どころか、ちょっと怒っている。身に覚えはないけど。
「だって、安室透、思ったよりも笑うんだもん。カフェの店員だからってわかってるけど!あんな顔、私に全然見せてくれないのに、知らない女の子達にはいっぱい見せやがって…って思っちゃうし。」
「ふーん。」
ピタ、と指先の遊びが収まる。…よし、理由はわからないけど、怒りは収まった。
「俺は普段あんまり笑わない。すみれに見せてる顔が本物。それくらい、わかってるだろう。」
「だから嘘モノの俺の笑顔でメロメロになってる女の子達を見る私は嫉妬してなさいってこと?」
ため息をつきながら吐き出す。
「私がどれだけ降谷零を好きなのか、そろそろわかってもらいたいものね。」
「…お前こそ、わかってないだろ。」
ちょうど信号で止まった瞬間。左から伸びてきたてで顔を掴まれて、触れるだけどキスをされる。
ばっと赤くなる顔を両手で覆う。恥ずかしい、またしてやられた。
「嫉妬してくれるのは嬉しいけど、それでせっかく会える時間を潰されるのは最悪だな。」
「….行ける日は、行くように努めます。」
このたまにくるデレ(と私は解釈している)に私は弱い。

今日は夜勤だということを伝えて、病院まで送ってもらった。
「じゃ、ね。また明日。」
ひら、と手を振る降谷零。パタンとドアを閉めて、後ろを振り返るとがんばって、と口パクしてくれる。
ああ、好きだなぁと思う。
手を振り返して、病院に向かった。今回の夜勤は、いつもよりも頑張れる。
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