短編集

□上司
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まっじでありえないあの金髪色黒上司。

ほかの人に頼めばいいような業務をいっっちいち私に投げてくるあの上司に向かって胸の中で悪態を吐きながら、帰途につく。
ああ、家に帰るのは何日ぶりかな。3日?あー、早く家で寝たい。

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私は、公安委員会の下っ端。両親が警察官だったから、自分が警察になることは、私にとって当たり前だった。
幼い頃から体術、剣術を学び、読唇術や爆弾技術、ハッカー技術など、警察になるための英才教育を受けた。

中でも、(自分で言うのもなんだが)コンピュータ技術が得意だった。だから、警察学校卒業後は、サイバーテロ対策課に配属されるものだと思っていたのに。


「警察公安委員会、ですか。」
「そうだ、君にその推薦状がきている。君に覚悟があるのなら、配属先をそこに決定したいのだが。…ただし、条件は思ってるよりも厳しいぞ。お前の人生全てを、警察に捧げる覚悟はあるか。」
まさか、私に警察のエリートへの道が開かれるなんて、思ってもいなかった。
「覚悟は、この学校に来た時からあります。ぜひ、私にやらせてください。」
断る理由など、何もない。この国のために、この人生を使うことができるなんて、なんと幸せなことか。
「…わかった。よろしく頼むぞ。」
「はっ」

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「あーーあの頃が懐かしいぃぃ。」
タンクトップ1枚に半ズボン姿でビールをくーっといっぱい飲んだ後、ベットにドーンと寝っ転がる。

そう、あの頃の私は、警察になりたくてなりたくて、公安に心から尊敬の念を抱いていた。いや、今も抱いてるっていうか自分の仕事に誇りを持ってるんだけど。
まさか、こんなにたいへんな職務だとは思っていなかった。ほぼ寝ることができない仕事ばかり。解決したと思えばまた次の仕事がどーんとくる。ほんと、よくここまでじけんがたっくさん起きるわよね、この国。
家に帰ることができるのは、3日に一回なんてざら。休みなんて無し。家にいても、滞在時間は5時間を超えたことはない。まったく。とんだブラック企業だわ。

でもそれでも、この職業が嫌なわけではなかったりそう、嫌なのは……。


プルル、と電話が鳴る。
ああ、警察用じゃありませんようにと願いながらなっているスマホを確認する。…残念。
「お疲れ様です。こちら瀬川です。」
「あ、瀬川。明日朝6時ぐらいに来れる?新しいコンピュータウイルスらしいのが発見されちゃって。」
「あー、はい。わかりました。」
「あ、でもウイルスって結構危ないよね、明日の朝6時で大丈夫だと思う?」
「いや、みてみないとわからないですけど…でもさっき私、お酒いれちゃって…」
「うーん、不安だなぁ」
「…わかりました、すぐに向かいます。」
「わー、助かるありがとー。」
ガチャ

ほんっとこいつ…………私以外にコンピュータ技術に優れた知り合いはいないのか。そいつを使えよ!!と何度思ったことか。勿論、直属の上司にそんな悪態はつけるはずもなく、またさっき脱いだばかりのシャツをばば、と片づけてシャワーをじゃっと浴び、新しいシャツを纏って走り出す。

そう、私の不満は全てこの、私の直属の上司、降谷零にある。なんといっても、明らかに、人使いが荒い。とにかく、荒い。もちろん、私と同期の公安警察なんていないし、新人は私だけだから仕方ないんだけど。周りにも頼めそうなことを、すぐに私に頼んでくる。
…実は、降谷さんからの命令以外、ほとんど受けたことない、というのも事実だ。
きっと周りの人たちも私を哀れんでいるのよ…!!圧倒的に、仕事量、多いし…



「…これ、わざわざ私じゃなくても下の階にあるサーバーテロ対策課でどうにかできますよね。なんなら、降谷さん自身でできますよね。」
とりあえず(シャワーは浴びたものの)形式上急いできたその仕事内容。こいつ、自分の仕事やる気あんのか?っていうぐらい簡単なコンピュータウイルスで。
「そうなのか、こういうのは苦手だからあまりわからなかった。」
「そうですか、この間サイバーテロ、降谷さん1人で逆探知したって噂で聞きましたけど。」
「コンピュータウイルスに構ってる時間はなかったんだよ。」
「…。」
そう言われると、弱い。この年で、公安のエースと呼ばれる男だ。私の知る由もない、仕事を任されていて、コンピュータウイルスに構う時間は、本当にないのかもしれない。
…いや、だから、実際時間ないのかもしれないけど、私じゃなくて他の人に頼めばいいだろ!!!!今警察にいる!!いっつも私じゃなくても大丈夫でしょうが!!!

と叫びたいのをなんとか理性でとどめる。よかった、まだ今日は一徹しかしてないから理性が働いてる。

もうすでに終電の時間は過ぎた。今日も仮眠室泊まりかな。

「瀬川、明日オフだったよね。」
「…はい、そうですが。」
「じゃあちょっと買い物付き合ってほしいんだけど。」
…オフの日にひっさしぶりに事件とかなさそうで自由な時間が取れると思ってたのに!!!
「分かりました。」
引きつりそうな顔をしてしまいそうになるのを、なんとか堪えた。
「よかった。じゃあ、明日、朝、10時に迎えに行くから、家に。」
「はい…」
「あ、制服じゃなくて普通の洋服着てきてねー。」

ぺこり、とお辞儀をしたあと、降谷さんの前を去る。


公安警察の中でも、私ぐらいだ、ここまで休みを取っていないのは。前に休んだのは…あれ?一年以上前じゃない?
みんな、最低でも3ヶ月に一回ぐらいは休みを取ってるのに…。

ぶんぶんぶん、と首を振る。だめよ、すみれ。あなた、自分の人生をこの国に捧げたんでしょう。しかもあなたは新人!もっともっともっと、働かないと。

やっぱり一徹だけでも不満が溜まってしまうらしい。

仮眠室に向かいながら、バチっと顔を叩く。そんな覚悟しかないなら、今すぐ公安警察やめちまえ!

「ぶっくく…」
「な、なんですか。」

後ろから誰かに笑われた。
ムキっと後ろを振り返ると、あの降谷さんが立っていた。

「いやいや。あのさ、家、送ってくから。せっかく来て貰っちゃったからね。」
「え、いいですよ、仮眠室で休憩とりますから。」
「それじゃあ洋服着てこれないでしょ。」
「洋服なんて、その辺の量販店で買えば…」
「んー、せっかくだから可愛い格好して欲しいんだけど。」
と、ここでにこっと悩殺すまーいる。
なんなんだこの上司は。自分の顔がいいからって調子乗ってんな。一徹の頭にこの顔は眩しすぎる。

「…お言葉とても嬉しいですが、どちらかと言えば、もう寝たいので…。ありがとうございます。」
「君が仮眠室にいると僕、帰れないんですよ。」

突然の丁寧言葉。こんな場合、降谷さんの命令は、断ることができない、と経験上思い知らされている。
「わかりました、それでは、お言葉に甘えて…」
「わかってくれてよかった。」
渋々と降谷さんの後ろについていく。よかった、ここ、公安に女子が少なくて。こんな場面見られたら、普通の職場だったら殺人案件ね。顔だけはいいこの上司に、ちっとも可愛くない女部下が愛車で送ってもらいそうになってるんだから。

まぁ、ちっとも嬉しくないけど!!こちらとしては!!

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「じゃあ、ここで。」
私のマンションの前に車を止めて、私の方を向く降谷さん。
「はい、ありがとうございました、お忙しいのに。」
シートベルトを外しながら素直に感謝を伝える。
家に送ってもらうのは、これで何度目だろうか。
ちょっと、申し訳ない気もする。
「はは、そうだね。」
あっ前言撤回。キレそう。
「まぁ、元はと言えば、降谷さんが私を呼び出したせいなんですけど。」
努めてツーンとしながら答える。
「そう言ってくれるなよ。」
そんな困ったような声を無視して車から降り、バタン、とドアを閉め、一度車道に出て車の後ろを回ってマンションの扉の前に立つ。

ガー、と降谷さんが座ってる運転手席の窓が開く。
「瀬川。」
ちょいちょい、と人差し指で窓下に来い、と指示される。
素直にヒョイ、とかがんで覗いた瞬間。
顎をぐいっと引っ張られて唇に、なにか柔らかいものがあた…
「おやすみ。」

完全にショートした私を置いて、そのまま降谷さんは車を走り出していなくなった。
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