短編集

□ストーカー
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「好きですから付き合ってくださいよー」
もう、何度目だかわからない告白。そして、
「瀬川さんも飽きませんね。」
ニコっと笑って答えをはぐらかされる。まぁ、ずばって言われたらすごい泣いちゃう自信あるけど…。


ここは喫茶ポアロ。私の職場から近くて、入社した直後からよくここに通っていた。なぜなら、落ち着いた雰囲気の喫茶店で、コーヒーも美味しいし、気に入っていたから。

仕事休みにたまに通っていたある日、新たに増えたバイトさん。
「えっ…めっちゃ好み………」
とびらを開き、その人のビジュアルが目に入った瞬間、思わずこんな言葉を漏らしてしまった。頭のてっぺんから足の先まで含めて、全てが自分の好みだった。金色の髪、褐色の肌、垂れ目、少し筋肉質で人の良さそうな雰囲気を漂わせつつ、少し影がある感じ。

入店した私を見て、ニコっと微笑みかけるその新しいバイトさん。
「いらっしゃいませ。」
ちょっと待て、声まで
「めっちゃ好み……」
思わず同じ言葉を繰り返した。
「ちょっと瀬川さん!いらっしゃい!」
完全にショートしていた私を明らかに邪魔になる扉から、店の中に案内してくれたのは、ここの古株店員、榎本梓さんだ。いつものように、カウンターの入り口の目の前の場所に座る。

「もう、本当に面食いなんだから!」
梓さんは、いつものですよね、と確認してからすぐに目の前でコーヒーを作り始めてくれた。一方の彼は、テーブル席の誰かの料理を作っているようだ。
「えっちょっと、どうしたんですかあんなイケメンどこからの掘り出し物なんですか?」
その人には聞こえないように口元に手を立てながら、梓さんに話しかける。
「先週ぐらいからバイト始めて、なんか、探偵さんらしくて、上の階の、毛利さんに弟子入りしたらしいよ〜」
「探偵か…。」
それなら、年収少ない(?)からバイトするのかな。えー、いいよ私、とても貢いであげる。趣味とかなにもなかったから、注ぎ込む用のお金、溜まってきてたし。

「梓さん、こちらの方は?」
イケメンがさっきまで作っていたスパゲッティをテーブル席に運び終え、私の前に立った。
その間にもずっと見つめ続けた私を、不審に思ったのだろう。
「この方は瀬川すみれさん。ずっと昔からここに通っていただいてるんですよ。」
梓さんが、つまりお得意さんです、と付け加える。
「そうなんですね。僕は安室透です。先週からここでバイトさせていただいてます。」
これからよろしくお願いします、なんて言いながら私に笑いかける安室さん。いや、これは安室さんじゃなくて…天使……
「あっえっと、瀬川すみれです。あ、あの!もし良ければ、結婚を前提に付き合ってください!!」
「…え?」
呆気にとられた顔をする安室さん。
「あああー瀬川さん!だめでしょ!もう、何言ってるの!帰ってきて!」
ちょうど私へコーヒーを運んでいた梓さんが、机にガラスを置いて、私の肩を揺らす。
「はっ今、私は何を…」
「はは、面白い方ですね。」
すぐにまたニコニコ顔に戻って、カチャカチャ、と食器を片付けている安室さん。

結局その日は、それ以上話しかける勇気が出なくて、カチコチのまま、帰っていった。

でもその日から、安室さんがいらっしゃる日には必ず、会いに行くようになった。もともと、梓ちゃんと仲が良かったため、すぐにシフトを聞き出すことに成功した。

自分からは話しかけることはできなかったが、日を追うごとにそのイケメンさに慣れていった。そして、よく、安室さんと2人で世間話ができる仲にもなった。そした、自分から毎回告白をする、なんていう変な常連客になった。
…と言っても、私のような客はいっぱいいるようだけど。




「あー、今日もダメかー。」
「もう、瀬川さん!うちの看板の安室さんを毎度毎度取ろうとしないでくださいよ!そんなに結婚願望強いなら婚活すればいいじゃないですか。」
と呑気に言う梓ちゃんをキッと睨む。
「もう、まだまだきゃぴきゃぴ二十代前半にはアラサーの私の悩みはわからないのよ!」
きゃぴきゃぴって…と苦笑いする梓ちゃん。
「でも、瀬川さん可愛いからモテるじゃないですか。」
「やっぱりモテるんですか?」
と、ひょこっと会話に割り込む安室さん。
「いやいや、生まれてこの方、モテたことなんて一度も」
やっぱり、なんてさすが安室さんだな。大人な対応。
まぁ、お世辞だって知ってるけど。

「でもほら。この間、言ってらしたじゃないですか。」
合コンで連絡先交換した、とか。と梓ちゃんが付け加える。
「えっ私そんなこと漏らしてた?」
「あっ、これお兄ちゃんから聞いたことだった!」
「杉人…」
そう、実は、この榎本梓の兄、榎本杉人とは中高と部活まで同じだった仲だった。今でも彼とは交流があり、(実は一時的に付き合ってたこともある)たまに2人で飲んでいるのだ。
そして、この間飲んだ時にでも、きっと漏らしたのだろう…

「お兄ちゃん、ものすごい悲しんでたんですよ!」
「あいつのそれはただの演技。」
てかあいつ彼女いるでしょ、と付け加える。
「それで、その方とはどうなったんですか?」
「うう…安室さんに聞かれたくなかった…」
「ごめんなさい…」
てへっと笑う梓ちゃん。全く、兄妹そろって天然なんだから。
「別に、人数合わせで行っただけだったし…」
と言いつつ、実は、そろそろ本気で婚活しないといけないな、と思っていたり。
「まぁ、親がうるさいからさ、私。」
困ったよねぇ。と付け加える。
「上手くいくと、良いですね。」
ズキッとする。安室さんに、そんなこと言われたくなかった。もうこれ以上この話をしたくなくて、今日のこのコーヒー豆、美味しい、とかなんとか言って話題を変えた。


ポアロからの帰り道、
あ、LINEだ。
と思って開くと、例の男からだった。
『すみれさん、先日はどうもありがとうございました。もしよろしければ、今度遊びに行きませんか?』
うーん、この人、悪い人ではないと思うんだけど、なんで私なんかを…と思ってしまうのは、ちょっとマイナスすぎかな。
頭に、少し安室さんがちらつく。
ぶんぶん、と首を振った。
だめよ、私。あの人は、国宝みたいなもの。私なんかが、並べる相手じゃないのは、もうわかってるでしょ。
アイドルみたいなもん。
この間親に言われた。早く、結婚して子供産みなさい!と。
『上手くいくと、良いですね。』
安室さんの声が聞こえる。
「うーん、しゃーないな。」
いつまでもドルオタ(バイオタ…?バイトオタク?)してるわけにいかないし。
『ぜひ、行きましょう。』
指でタップして、送信ボタン。
これでよし。



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