My name is cassis
□もう1つの「結」
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組織壊滅後、公安警察はその被害を受けた場所の修復や、組織の残党狩りといった事後処理に追われていた。
ついに、終わったのだ。
5年、いや、エレーナ先生を失ってから、23年、ずっと追い続けていた組織。
終わる時には、あまりにもあっけない。
「降谷さん。」
「なんだ。」
「路地裏に、カシス、と思われる女性の遺体が見つかりました。顔の確認等、お願いできますか。」
「…わかった。」
こつり、こつりと靴を鳴らして、路地裏に向かう。
あそこか。policeのジャンバーを背負った数人がその女性の周りを囲んでいる。
「あ、降谷さん。こちらです。」
「ああ、わかった。確認するから、君達は他の場所をさがしてくれ。」
「え、でも、確認し終えたら僕たちが運びます。」
「いいから。彼女は俺が運ぶ。」
「…分かりました。」
そのジャンバーの文字が見えなくなるのを確認してから、ゆっくりと彼女の前にしゃがむ。
さら、と前髪をどけると、よく見ていた顔。
間違いない、カシスだ。
ゆっくりと、もう冷たくなっている、頬に触れる。
彼女を、もう少し利用できていたら、もっと、早くに組織が壊滅できていたかもしれない。こちら側に、有利だったかもしれない。
彼女は絶対的悪。だから、殺すべき目標として、常に警戒すべき、相手だった。
頬に残る、涙の跡を、拭うようになぞる。
いや、これは、さっきの雨の跡かもしれない。
でも、彼女が泣いていたようにしか、俺には見えない。
彼女を変に、利用することは出来なかった。
俺を好きだという女ほど、扱いやすいものはないのに。
何度彼女に仕掛けようとしても、その行動に移す前に、手が、伸ばせなくなる。
「トリプルフェイスが、聞いて呆れる。」
自分の言葉が、路地裏に響く。
彼女の前で、演じきれなかった。
スコッチを、庇ったあの日から。
俺を好きだと伝えたあの時も、たまたま任務場所が重なったあの時も。
彼女の前で、バーボンという、冷徹な男を、演じられなかった。
君がこの世界で起こしてきた犯罪は、許されるものじゃない。
…でも、それでも、その罪を償って、釈放されて、それで、幸せになって欲しかった。
世界を血の色でしか見ることの叶わなかった彼女に、もっと、様々な色を見せたかった。
だから、生きていて、欲しかった。
俺を好きだと、言っていて欲しかった。
俺のそばに、いて欲しかった。
彼女の才能があれば、協力者として活躍だってできただろうに。
したくもない、犯罪ばかりに手を染めることでしか生きる道がなかった彼女を、俺は、犯罪者だとは思えなかった。
表情の豊かな、彼女に。
俺が話しかけるとすぐに目をそらす、彼女に。
仕事になれば、別人のようになる彼女に。
生きてくれていて良かったと笑った彼女に。
俺は、惹かれていた。
叶うはずのない恋を、していたのは俺の方だ。
彼女に触れていた手を離す。
下を向いて、吐き出すように、出した言葉。
つー、と溢した涙。
「さようなら、カシス。」