短篇

□些細なお願い
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お隣さん設定

ダンッ、ダンダンッ、とノックにしては激しい音がして、止む。
食器を洗う手を止め、ちらっとドアの方を見たら、タイミングよく、ドアの向こうの人物は俺を呼ぶようにドアを叩いた。

一旦止んだはずのその音は前にもまして激しくなって、すでに破壊音と化しはじめ、ドアを破壊されないために、仕方なく立ち上がってその人物に対峙した。

その相手は泣きそうな顔でこちらを見ていた。


「サクラ…?」

風呂あがりらしい濡れた髪からは雫が滴りおちる。
そして、タンクトップに短パンという軽装。
今にも涙を溢しそうなほどうるんだ瞳は風呂あがりであるためか、またそれ以外の理由か。

訳もわからず焦って、何も言葉がでず、ただ隣人であるサクラを見つめていると、サクラがしがみついてきた。


漂ってくるシャンプーの香りと、柔らかい感触に思考が停止した。震えている体を抱きしめてしまおうか、とそろそろと手を伸ばしかけたところで、サクラが口を開いた。

「……キが……」
「は?」

小さな聞き取り辛い声。
問いかえすと、サクラがきっ、と顔をあげた。

「ゴ●ブリ!」



人の顔を見て発した一声がそれとは、流石にへこむぞ、と言おうと思ってやめた。
サクラの指差す先には彼女本人の部屋。
言いたいことが理解できて、今自分がしようとしていたことの気まずさといたたまれなさから、とりあえず、目の前の顔を見つめてしまった。
ソレの名を口にしてしまったのがおぞましいとばかりに顔を歪めて地面を見ているサクラ。

どうやら退治せよ、ということらしいが。

「…お前虫平気じゃなかったか」

未だにしがみついてくるサクラだが、抱きしめようだとか邪な考えはもう浮かんでこなくて、ただ部屋に戻って、皿洗いと読書の続きがしたい一心。

「それとこれとは別なのよー!何とかしてー!」

揺さぶられる俺の体。
肩を叩いてどうにかそれを収めると、サクラは息を荒くしている。
それが、男一人を揺さぶったための疲労でなく、部屋の中にいる存在を思いだしてであることを知っているために、ため息がでる。


「シカマルッ!」


泣きそうな声と顔で頼まれて、断わる事もできない。仕方なく、サクラの部屋へ踏み込んだ。

一人暮らし割には小綺麗な部屋。
願わくば、こんなシュチュエーションでなく、もっと普通にこの部屋に来たかった。
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