□傷(白)
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「光秀…お前……その口…」


独眼竜はとても驚いたようだった

しかし私は続けた

あなたが本当のことを知りたいと言うから


「私は元々、表情が乏しかったようです…それが信長公の癇に触ったのでしょう…
あの方は私の近くまで来てこう言いました

『光秀、もっと笑ってみよ』

…そのすぐ後に鋭い痛みが私の口元に伝い……」

「もうやめろ!!分かったから……悪かった…思い出したくもないよなそんなこと…」


なぜか独眼竜が申し訳なさそうに俯いたので
それを見て私は少し妙な苛立ちを感じた

「どうしてそんな顔をするのですか?…あなたが言ったのですよ、私のこの傷がどうしてできたのかを知りたいと」

「確かに言った…だけどもう分かっただから言わなくていい」

それだけ言うと独眼竜はその場から逃れたいというように立ち上がり部屋から出て行こうとした

私はその腕をつかみ制止した


「…逃げるおつもりですか?」

振り返る独眼竜…しかし私とは目を合わせようとしない


……このやり場のない憤りはどうすれば?

知りたいと言うから教えた
それなのにあなたはこの事実から逃れようとしている

いや…むしろ無かったことにしようとしている


それが本当に許せなかった

この場合どうしたらいいのか
私は知っている

いつでも傍若無人で強引なこの目の前の人は


誰よりも一番


強引にされることに慣れていない

他人に強引にされたくないから
自分が強引に振る舞っているだけにすぎない


「独眼竜…私の傷は、これだけではないのですよ…」

驚く独眼竜に気にもせず私は着ていた着物の前を少しはだけさせた

「これも信長公に切り付けられた傷です…あの時は本当に死ぬかと思いました…ああそうだ」

相変わらず独眼竜は私の傷を見ようとしない


どうして…


「ここにもありましたよ深い傷が…」


見てくれないのですか?



私は掴んでいた独眼竜の手を引き寄せ傷のひとつに触れさせた

「…ッ!!やめろ!!」

独眼竜はあからさまに嫌な顔をした

そしてその手は

「…震えていますね、どうしてですか?」




問い掛ければ独眼竜は更に俯いてしまった


「………それほどまでに…嫌でしたか…?」

そう付け加えれば独眼竜はハッとしたように顔を上げた

「確かに醜いですからね…申し訳ありません…少し戯れが過ぎました…」

私が笑えば「違う」と独眼竜が一言言った


本当にこの人は言葉が足りな過ぎる

違うならどうして違うのか事細かに私に聞かせてほしいのに

いつもいつも最低限で済まそうとする

私はその先の言葉がほしいのに
それともそう思うこと自体が欲深いことなのだろうか

「独眼竜…一言では分かりませんよ…私はそんなに賢くありませんから」


そう言うと先程まで私の目を見ていたその隻眼を伏せてしまう

「私に教えてください…何が違うのか…なぜあなたは震えているのか…」


少しの間があり

独眼竜がなにやら俯いたまま喋り始めたのだがあまりにも微かな声なので私は耳を澄ました


「………嫌なんだよ…お前が虐げられたりするのが……それを防げなかった俺にも…もっと腹が立つ」

その微かな「答え」を聞いて私は納得した


肝心な自分の気持ちをあまり話そうとしないのはお互い様か

今はその言葉だけで満足ですよ…


「独眼竜……そう思っていただけるとは…私はなんという果報者でしょうね」

「うるせぇな…これでいいだろ?離せよ」

「嫌です」

独眼竜は今度は照れているのか私の手からまた逃れようとした


「私のことを思ってくださった独眼竜には何かお礼をしたいのですが……何が良いでしょう?」

その問いに独眼竜はまた驚いた顔をした
その顔は見ていて飽きない

しかし言われたのは意外な言葉だった


「…それなら……お前の右目を寄越せよ」


一瞬言われた意味が分からなかったが

目の前の人が真っ赤になって言うものだから私はその真意を理解した


「なんなら今抉ってお渡ししましょうか?」

真っ赤になっているのがおかしいからまたからかえば

「そういう意味じゃねぇよ」



いつもの太陽のような笑顔で言われた





分かっていますよ独眼竜、

私があなたのなくしたものになれるのなら
喜んでお側に居りましょう



憂さ晴らしにでも何にでも私のことをお使いください
そして必要としなくなったなら斬り殺してくれて構いません


……というのは建前で


本当は

何があってもあなたを放す気など少しもありませんよ

私の愛しい隻眼の蒼




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