□傷(蒼)
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俺は興味本位で言ったことを後悔した

目の前には目を塞ぎたくなるような傷跡
口の両端が無理矢理切り裂かれ縫われた跡だった


そいつがその傷について話し始めた時に全て悟った

だから俺は慌てて止めた

俺が聞きたくなかったからじゃない
そんなことを話させたことが申し訳なかったからだ

俯けばどうしてそんな顔をするのかと聞かれた

確かに理由を聞きたいと言ったのは俺だが…聞くべきじゃなかった


俺はいたたまれなくなって部屋を出ようと立ち上がった

しかしそいつに腕を掴まれた

「…逃げるおつもりですか?」

そう背中に問われそんなことないと言いたかったが
振り向いた時に色んな気持ちが渦巻いて

そいつの顔を見ることができなかった


本当は、お前のその傷が無かったことにできないか、なんてくだらないことを考えた



そんなことを考えていたら

傷はこれだけではないのだと

その胸にある自分の主君に付けられた傷を見せてきた

俺はそんなの見たくなかった


いくら自分の家臣だからって自分の好きにしていいってわけじゃない
…ましてや切り付けるなんて

…人のすることじゃねぇ


この妙な気持ちが何かを分からずにいたら

いきなり手を引かれて傷に触れてしまった

咄嗟に出てしまった拒絶の言葉にそいつはなんて思っただろうか


気が付けば情けなく手が震えた

そしてその震えさえそいつは見逃さない

どうして震えているのかと聞かれても上手く説明できない

俯いていると

そんなに嫌だったのかと頭上から声がした

違う!!そうじゃない…ただ…

上手く伝えたいだけどそいつは勝手に自分は醜いだのなんだの誤解をする

おまけに…いつもそうやって…ツラそうに笑う
だから思わず「違う」と声に出していた

今はその一言を言うので精一杯だった

…多分こいつは一言じゃ満足しないんだろうが

そう思った矢先

「独眼竜…一言では分かりませんよ…私はそんなに賢くありませんから」

やっぱりそんなことを言ってきやがった

その目があんまりにも見ていたら悪い術にでも掛かりそうだったから慌てて逸らした


それでもそいつは理由を求めてくる


今更理由なんて言えるかよ


だけどこいつに隠し事は無意味だ…どうせ後からいつの間にか喋らせられる


だから仕方なく言ってやった

「………嫌なんだよ…お前が虐げられたりするのが……それを防げなかった俺にも…もっと腹が立つ」


それは紛れもない俺の本心だ

いつでも一番腹が立つのは目の前のこの腹の底が知れない奴じゃない

…俺自身だ


だから自分のことなんか話す価値もない


するとそいつは満足げに軽口まで叩いてきた

その前にこの俺を掴む手はいつ離すんだ


離せと言えば「嫌です」と即答された

さすがにこの状況……早く離れたかった

こいつの骨張った手は冷たいくせに温かいから嫌なんだ…

昔の……余計なことまで思い出してしまいそうで…嫌なんだよ

こんなことは絶対に誰にも言えるわけがない


そんな気持ちを知るはずもないそいつは

今度は礼がしたいと言った

礼をするほどのことでもないだろうに

だからまた言ってやった


「…それなら……お前の右目を寄越せよ」





勿論そのままの意味じゃない
そいつの右目を奪ったところで俺の目が元通りになるわけじゃない


…俺は……「俺の目になれ」という意味で言ったんだがな

どこまで伝わったか分からない上に自分がとんでもなく似合わねぇことを言ったと思ったら急に顔面が熱くなった


そいつはといえば一瞬きょとんとしたような顔をしていたが「なんなら今抉ってお渡ししましょうか?」なんて軽口を言いやがった

だから、ああ…伝わったなと思って

「そういう意味じゃねぇよ」



おかしくなって笑って言った






お前はいつだって、いつの間にか俺の側にいて
俺が言わないことまで分かっているというようだった

最初はそれが全て見透かされているようで
腹立たしく、不快だった

だけど今じゃこのザマだ

誰よりもお前に頼ってしまっている

……おまけに全て分かってくれているというのが心地良くて堪らない


だから…放せるわけがないだろ

少しでもお前が俺から離れようとしたその時は

どんな手を使ってでも引き止める

無様だろうが関係ない


一生、俺についてこいよ



いつの間にか侵蝕された、その愛しい白に




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